僕らの日常風景
「嘉山!聞いてるのか!?」
「は、はい!!」
数学教師に名前を呼ばれて、初めて今が授業中だとわかった。
「しっかりしろよ?次の問題、黒板でやってみろ」
え、次の問題…?
「問題集の167番」
後ろから小声で助け船がよこされる。
「ありがとう」
後ろに言うと、問題集を持って、黒板の前へ行った。
問題は完璧に解けた。この週末に何回も何回も繰り返したところだったから。
何もすることがないから、勉強をする。
死にもの狂いで勉強すれば、何も考えなくてすむ。
週末はずっとそうやって過ごした。何時間勉強したかなんてわからないくらいたくさん机に向かった。
何も考えないようにするには、それしか方法がなかったから…。
クラスのみんなが昼練に行ったりとかお弁当を広げるのを見てやっと4時間目が終わった事に気がついた。
授業の内容が頭に入るどころか、先生の顔さえ見ていない気がする。
…でも予習が完璧だから、授業の内容は全部頭の中にある。
学校なんて、必要あるのかな…。
昼休みの終わりの方になって、騒がしかった教室が水を打ったように静かになった。
小声で話す声が辛うじてする程度だ。
何かあったんだろうけど、自分には関係ない。と思った矢先だった。
「嘉山織、いる?」
不意に聞こえた自分の名前に振り返ると、教室のドアのところには今2番目に会いたくない人が立っていた。
教室が静かになったのは、ただ単に上級生が来たからってだけじゃなくて、今朝学校新聞をもらった人が多いからだろう。一面トップを飾った人がわざわざこの教室に来たんだ。
クラスの皆がいる手前、逃げられない。松下先輩の事だから、多分それを予想して来たんだろう。
一人で歩いてるときなら聞こえないフリでいくらでも逃げられるけど、こんな状況じゃそういうわけにもいかない。
席を立って、ドアの方へ歩く。
一歩一歩の足が重い。
先輩の方へあるいていくのを、クラス中の人が見てる。
「先輩…どうしたんですか?教室にわざわざ…」
…我ながら、白々しい。尚樹さんの大親友であるこの人に、事のあらましが伝わっていないわけがない。
「今日の放課後、緊急会議をするから、必ず来るようにっていいに来たんだよ」
松下先輩がにっこり微笑む。
その微笑みがなんとなく怖い気がする。でも、怒ってて当たり前だ…。
「柿崎も呼んでおきましょうか?」
「いや、柿崎は部活でしょう?嘉山だけでいいから。必ず来るんだよ?」
松下先輩に逆らえるわけがない。
放課後、言われたとおり生徒会室へきた。
中の電気は点いているけれど、話し声が聞こえないから多分いるのはおそらく先輩一人。
ガラガラ、と生徒会室の扉を開ける。
「いらっしゃい、嘉山」
そう言って顔に微笑みを浮かべる。その微笑が…怖い。
とりあえず、いつもの席にすわって、定例会の時と同じようにお茶を入れるため、ポットのスイッチを入れた。
「生徒会の緊急会議…って、岡本先輩はいないんですか?」
「そう、俺だけ。っていうか、その前に誰が『生徒会の』緊急会議だなんていったのさ?」
…やられた。
「おっと、帰さないよ」
織が鞄を持って立ったのを見て取って、ドアをガードする。
内側から鍵まで閉められ、すぐには逃げられない。
ゆっくり、一歩づつ、こっちへと歩いてくる。
「…松下先輩?」
織の問いかけにもただ微笑をすることでしか返さない。
…なんか、変だ…。
先輩が一歩づつ近づいてくるのに対して、織は一歩づつ後ろに下がる。
「どうしたの?嘉山。どうして逃げるの?」
一般教室の半分の広さくらいしかない生徒会室で逃げても、すぐに背中が壁にあたった。横に逃げようとして横を見た目の前に音がしそうな勢いで手をつかれる。反対側を見ても同じ状況だ。
「…先輩?」
「聞いたよ、尚樹と別れたんだって?」
「別れたわけじゃ…」
ないです…って言おうと思ったけれど、そんなことを言える資格はない。尚樹がそう言ったのなら、そういうことになるだろう。
「ごめんなさい、先輩が取り持ってくれたのに…」
「いいよ、尚樹とダメになってくれて、かえって俺は嬉しかったけど?」
…え?
「尚樹の事が嫌いになったんなら、俺にしなよ、嘉山。絶対尚樹よりも幸せにしてみせるよ?」
「…何、言ってるんですか?」
「わかんないかな?俺の言わんとしてること」
「…先輩らしくないです」
「そう?嘉山がいう俺らしいって何?」
…それは、友達思いで、後輩思いで…いつでもなんでもお見通しで…なんでもできて、皆が望む『生徒会長』…。
「ま、何でも関係ないよ。尚樹の事嫌いになってくれて良かった」
右手が織のあごにかかって、上を向かされる。
「いいよね?もう俺が手出しちゃいけないって制約はないわけだし」
疑問形だけど、僕の意志を問う気はない。
綺麗な顔が目を閉じて織へと近づいてくる。
・・・ダメだ・・いやだ・・!!
作品名:僕らの日常風景 作家名:律姫 -ritsuki-