僕らの日常風景
「尚樹?」
我に帰ったのは、名前を呼ばれた時。
「何やってるのさ、うわ、窓開けっ放し」
言われてみると、外はひどい雨なのに、窓が一枚全開で、その窓付近の床はびしょびしょに濡れている。
司が窓を閉めて、雑巾で床を拭く。
「あ…すまん、きづかんかった」
「気付かなかったって…」
やれやれ、という顔をされた。
「ほら、生徒会室の鍵閉めるから、早く出て」
司に追い立てられて生徒会室を出る。
「尚樹、鞄忘れてる」
「あぁ、すまん」
「おーい、どうだった?って尚樹がいたのか?」
そう言いながら近づいてくるのは、孝志。
「うん。窓開いてるの気付いてくれてよかったよ」
「あれ、でも尚樹一人…?」
孝志がそう言うのを、司が口に人差し指を当てて制する。
やっぱりなんでもお見通しな様子。敵わないな、と改めて思う。
「なぁ司、いきなりで悪いねんけど、今日、行ってもええ?」
「いいよ、なんだかその状態で一人で帰らせるのも心配だし」
やっぱり司には…敵わない。
「あら、尚樹ちゃん、久しぶりね〜。東京帰ってきたのにあんまり来てくれないからおばさん寂しかったわ〜。ちゃんと生活できてるの?」
玄関でお邪魔します、と行った瞬間に、おばさんがキッチンの方から出てきた。
「母さん、今日は尚樹、俺の部屋に泊めるから」
「あら、でもすごく濡れてるじゃない。雨まだ強いものね。尚樹ちゃん、泊まって行くんならお風呂はいってきなさい」
おばさんの言葉に、司がどうする?って目で聞いてくる。
「せっかくやから、お言葉に甘えさしてもらいます」
司に替えの服を借りて、風呂を借りる。
ここの家族がこんなに優しいから、昔からやなことがあったときの駆け込み寺はいつもここだった。
落ち着く場所は、10年たってもぜんぜん変わらない。
こんな暖かいところで育ったから、司はあんなに暖かいのかと羨ましくなる。
風呂から上がると、リビングにはもう夕食の準備ができていた。
尚樹の分までしっかり用意してある。
「ほんとに尚樹お兄ちゃんだー」
リビングの椅子に座ったまま、体を180度回転してこっちを見てるのは由実香という小学校6年生の司の妹。
「由実香ちゃん久々やな。しばらく会ってへんかったもんな」
「うん。」
「話は食事しながらにして、食べましょ?」
一年365日中、300日以上が一人暮らしな直樹にとって、この松下家は大きな支えになっている…。
飯食いおわったら行く、という約束だったから、孝志も来て、司の部屋で3人集まった。
「さて、尚樹。そろそろ何があったのか話してくれてもいいんじゃない?」
「あかんなあ、やっぱり司は何でもお見通しやねんな」
「あんなにボケっとしてれば何かあった事くらいすぐ分かるよ。やなことがあった時にうちに来たいっていうのも、昔からだし」
「せやなあ…でも俺にも何も分からんねん。織の行動がわからん…。月曜日も昨日も避けるように先帰られてしまうし、火曜日は火曜日で、俺の家でいつもよりちょっと甘えたがりみたいな感じやったし。それで今日いきなり『しばらく距離を置きたい』言われて…俺には何がなんだかさっぱりやねん。もしかしてテスト前もそういう理由付けで避けられてたのかもしれへん」
いっきに喋ってしまうと、司と孝志が目会わせて、良く分からないという顔になった。
「確かに、最近何か変だとは俺も思ってたんだけどね…寝ないと駄目な体質なのに徹夜して学校くるし、しかもろくに俺と目会わせてくれないし」
「そういえば定例会も上の空だったな」
「なんや俺悪い事したんかなあ…?」
それならそれで、はっきり言ってくれればいいんだけど、とため息をつく。
「なぁ、司、孝志…織から話きいてくれへん?」
尚樹の問いかけに二人して驚いた顔。
「俺らしくない頼みやな…自分でもわかっとる。でも、こんな情けない事頼まなあかんくらい…俺は織の事が好きやねん…。」
ベッドにもたれて目を閉じると、すぐに意識が遠くなって行く。
「いずれにしろ、俺らも嘉山と一回話した方がよさそうだね」
「司、任せていいのか?」
「いや、たぶん嘉山は素直に話せって言っても絶対話さないよ。特に俺だとね。話を聞く役目は孝志に任せるよ。俺じゃない方がいい。」
「なんで分かるんだ?」
「大部分は勘だけど、定例会のときでさえ俺の目みてくれないし、廊下であってもなんとなくよそよそしいのに、俺に素直に話してくれるわけない。でも、孝志に話させるための荒療治は俺がやるよ。これで最初の一言さえ引き出せば、あとはなし崩しかな」
尚樹が司と孝志の話を聞いている記憶は、そこで終わった。
「それにしても、やっかいだね…両方自分を責めるタイプだから」
最後に、そんな言葉を聞いた気がする。
作品名:僕らの日常風景 作家名:律姫 -ritsuki-