僕らの日常風景
次の日。
「なんや、最近やな天気が多いんとちゃう?」
昼休みの生徒会室。今日の天気は朝からずっと暗雲たちこめる弱い雨。
午後から雨が強くなるので注意、と今朝の天気予報でながれていた。
たまには司と孝志と幼なじみ3人組で一緒に弁当をたべるのもいいということで、こんな状況ができあがっている。
「最近、雨が多い気がせぇへん?こんな天気の日は嫌な予感みたいなものが消えんから嫌いなんや」
「確かに、なんか何ともいえない不安が押し寄せてくるよね」
と、司。
「せやろ?絶対今日はなんも良い事おこらへん気がするねん」
「起らないと思うから、起らないんじゃないのか?」
「じゃあ孝志はこんな日になんかいいこと起こると思えるの?」
「まあ、それは思わないが」
「でしょ。あ、そういえば、尚樹。うちの母さんが『最近尚樹ちゃんにあってないわ〜』って寂しがってたよ」
「あ〜、せやな。最近めっきりご無沙汰やな。孝志んとこのおふくろさんもやし」
「そうだな」
「ま、そのうちお邪魔しますって言っといてや。織と一緒に帰るようになってから特にご無沙汰になってしまったなあ、二人ともうちと逆方向やから」
「そう、嘉山といえば…俺の事についてなんか言ってた?なんか様子が変だったから。俺が何かしたんじゃないかと不安になってね…」
様子が変…か。たしかに、変といえば変だったと思い当たる節のある尚樹。
「でも司の事はなんも言ってへんかったで?」
「そっか」
「まあ俺も昨日は織がいつも通りじゃない行動をたくさんするもんやから…変に思わんことはなかったんやけど」
「ま、それに嘉山は俺の愚痴を尚樹に喋ったりはしないだろうしね。そういうタイプがある意味一番厄介かもしれないな」
「どういう意味だ?」
「つまり、ああいう自分の中にため込むタイプが一番原因究明しにくいってこと」
司の言う事はいつも確実に的を射てる。
確かにある意味で織は結構厄介なタイプかもしれない、と思う尚樹であった
放課後の生徒会室。
今日は天気が悪いから電気をつけないと暗いけど、電気を点ける気にはならない。
朝から変わらずの弱い雨。雲の色が暗くて、ゴロゴロゴロと遠くの方で雷がなる音がする。
窓を開けて、外の空気を部屋の中に入れる。そうすれば少しはこの暗い気分も落ち着くかと思ったけど、こんな天気の空気をいれても、ちっとも気分は良くならなかった。
当たり前だ、自分の今からやろうとしている事を考えれば。
窓ガラスに写る自分の顔の目が赤い。
昨日の夜、尚樹の家から帰ってからずっとイヤな考えとダメな考えしか頭に浮かんでこなくて…眠れなくて涙が止まらなかった。
今日、尚樹がここに来ることを予想しながら、来ないで欲しいと思う自分もいる。
ガラガラ、と生徒会室のドアの開く音。
「あ、やっぱおった。何しとんの?電気もつけんと」
ドアを開けたのは、予想通りの人。
「…?どうかしたんか?」
唇を噛んで何も言えない織に、尚樹が歩み寄ってくる。
「どないしたん?めっちゃ目真っ赤やん」
良いながら、織の頬に手を添える。
織は、そんな優しくしてもらう資格なんてない、と…その手を掴んで頬からはずす。
行き場を失った尚樹の手は空中で止まり、顔には困惑の表情。
「尚樹さん…」
尚樹は何も答えない。
そのまま無言の時間が数秒流れる。喉から声が出てこない。
一分にも二分にも感じられる沈黙。
「…僕としばらく距離をおいて下さい」
言った瞬間に、窓に叩き付けられる雨の音が強くなる。
ザーという滝のような雨。稲妻が光ってはゴロゴロゴロという遠雷の音。
尚樹の顔を見ることはできなかった。さっき行き場を失った手が力を失って落ちる。
そして、ただ、固まった空気だけ感じた。
「すみません…」
尚樹に聞こえるか聞こえないかわからないくらいの声で言って、走って生徒会室を出た。
生徒会室に取り残された尚樹は、同じ場所に立ったまま動かなかった。
そして、なにも考えられなかった。
信じられない言葉。でも耳の中をしっかり通っていく。
『距離を置いて下さい』
その織の声が、エコーみたいに頭の中でぐるぐる回って、目は開いているのに何も見えないし、何も聞こえなかった。
作品名:僕らの日常風景 作家名:律姫 -ritsuki-