僕らの日常風景
数分もしないうちに、この間の電車にいた人は姿をあらわした。
生徒会室のドアが勢いよく開く。
「なんや、司、いきなり呼び出したりして」
「いらっしゃい、尚樹。呼び出した理由の一つはこの嘉山が用があるっていうんでね」
生徒会室に姿をあらわしたのはこの間電車で多大な迷惑をかけた人。
突然話をふられて、ちょっと驚いたが、言うべき台詞はもう頭の中にできていたのであとはそれを口に出すだけ。
「あの、この間はどうもすみませんでした!!」
「あー、この間の。気にせんでええよ。俺が勝手にした事やし」
「でも・・なにかお礼させて下さい!」
「ええって、ホンマに。せやなーじゃあお礼に自分、名前教えてや」
え、お礼って、そんな事でいいのかな・・?
「本当に、ありがとうございました!えっと、嘉山織といいます」
「織?変わった名前やけど奇麗やな。」
「ありがとうございます、先輩もお名前伺ってもよろしいですか?」
先輩の目線が横に流れる。口を出したのは松下先輩。
「嘉山、ちゃんと彼を紹介しようね。服部尚樹っていうんだ。一応俺達3人で幼なじみ。ま、中学校と今住んでる場所は尚樹だけ違うんだけどね。小さい頃は近くに住んでたんだ」
「お、幼なじみ?」
「孝志と俺は今でも住んでる場所は近くだよ」
え?た、孝志・・?
「司、嘉山がビビッってるぞ。」
つ、司・・?
「学校で生徒会長と副会長が名前で呼び合ってるなんて、明らかに誤解の元だろう?だから普段は名字で呼んでるんだよ」
なるほど…。
「尚樹、実はもう一つ用というか頼みがあるんだ」
松下先輩が不敵な笑みを浮かべながら服部先輩に向き直る。
「なんや、また生徒会の面倒ごとか?」
「大当たり」
「ま、条件しだいやな。司なら俺との交渉の仕方しらんっちゅーことはないやろ」
「長い付き合いだしね。それで、やってもらいたい事は放課後の校内の見回り。最近問題になってる不純同性交遊の現場取り押さえ」
「また、けったいな事しよるなー。で?」
「そのペアとして毎日嘉山を差し出すよ」
松下先輩がにっこり笑う。
「…司、あとはまかせる…」
岡本先輩がお弁当をもって、生徒会室を出る。どうもこういう駆け引きとか裏取り引き的なものが苦手らしい。
岡本先輩がドアをしっかり締めるのを見届けて、また話し出す。
「どう?尚樹」
僕が差し出されるっていうか・・毎日僕が見回りをやっているというか・・。
でも口を出すなといわれたので、何も言えない。
「せやなー、確かにその条件は魅力的やけど、それだけじゃ全然足りん」
魅力的…?
「そう?じゃあどうしたいの?」
「織が、俺と付き合ってくれるんなら考えてもええよ」
…はい!?
「そう来るだろうとは思ったよ。でも嘉山はいきなりなわけだしね。まずは友達からっていうのがセオリーだと思わない?友だち以上の手出しは厳禁。春休みをはさんで一ヶ月半友だちをしてみて、どうするかは君たち次第。尚樹、これでどう?」
「ま、そんなもんやな」
「で、肝心の嘉山、どう?」
「あの、いきなり、どうって聞かれましても・・・」
「あぁ、言い忘れてたけど、俺が尚樹に見回りをさせたがっているのは理由があるんだ。理由っていうのは、もちろん嘉山の身の安全の事。それから尚樹は校内の人間の名前ならほとんど覚えてる」
「えぇ!?」
「尚樹は一回聞いただけでも、人に関する情報なら全部覚えられるんだよ」
「まあ1年近くも一緒におれば現在の在校生はほぼ完璧やな」
「すごい・・・」
「尚樹が一緒に行ってくれれば加害者の名前と部活をチェックできる。つまり後から処罰を与える事ができるわけだ」
「そうですね」
「で、さっきの話に戻るけど、嘉山はこの条件を飲む気はある?ちょっと1ヶ月半くらい友だちやってくれればいいんだけど。ちなみに尚樹の頭の中には無償なんていう美しい言葉はないからね」
そんなこといわれても・・・。
でも、この間の電車の中の事といい、生徒会の先輩たちの幼なじみってことで、絶対に悪い人じゃないってことはわかる。それに、自分も何かこの人に惹かれていたのかもしれない。
「はい、よろしくお願いします、服部先輩!」
「だー!!」
叫んだのは、服部先輩。松下先輩は口に手を当てて、笑うのをこらえてる。
「なぁ、その呼び方やめてな?名字で呼ばれるの好きやないねん。名前呼び捨てでええねんよ?」
「尚樹、嘉山にそれはちょっと無理な注文だよ。いきなり先輩に名前呼び捨てでって言われてできるような子じゃない」
よき理解者が近くにいてくれてよかった。
「えっと・・尚樹先輩、でよろしいですか?」
「それもあかん」
「えっと・・尚樹さん?」
「まぁ、そんくらいで妥協したる」
・・ここはありがとうございますと言うべきなんだろうか?
「ほな、俺つぎ英語の小テスやねん。織、また放課後な」
「はい」
時計を見て、バタバタと生徒会室を出ていった。
「松下先輩、なんか僕まだよく自分の置かれてる状況理解しきれてないんですが・・」
「うーん、なんでこんな事になったかっていうと尚樹は君の事を好きだからなんだよ」
「…でもこの間初めて知り合ったばっかりですよ?」
「君はそうでも、向こうはそうじゃない。生徒会役員はみんなの前に立つ機会がけっこうあるだろう?んで、この前の電車の事を聞いて、ピンときたわけ。尚樹が無条件にやさしいのは惚れた相手にだけ。それ以外の人からは、見てて分かったと思うけど、必ずなにか代償をとる」
「…はあ」
「ま、いいヤツではあるよ。ちょっとガメツイけどね。付き合ってみて楽しいだろうし損はないと思う。でも、嘉山がどうしても駄目だっていうんなら、約束の一ヶ月半が来る前にやめてもいいから、そんときは俺に相談ね。あ、手出されたとかそういう契約違反があったときも報告ね」
…改めて、いい人だなぁ、松下先輩。
「先輩、ちなみに尚樹さんってどこにすんでるんですか?」
そう聞いてみて、先輩の口から出た駅名は僕と一緒の路線とはいえ、僕の降りる駅の4つも前の駅だった…。
その日からは放課後普通にみまわりをして、一緒に帰った。先輩っていうよりも本当に普通の友だちって感じ。電車の中で話したり、たまには寄り道をしたりする。
松下先輩のいうとおり、確かに楽しかったし、だんだんと尚樹さんに惹かれて行くのが自分で分かった。
春休みに入ると、しばらく尚樹さんに会えないな、と寂しく思ったりもしたけど、それは大きな勘違いで、何度も休み中に遊びに連れていったもらった。
春休みが終わって一週間で、約束の期間は終わる。
作品名:僕らの日常風景 作家名:律姫 -ritsuki-