プラネットホーム
「土星から先は、どうしますか?」
ホームが近づいてきて、歩きながら、プルートは問うた。
「まずは地球まで行ってみるさ。いくら宇宙に進出したとはいえ、未だに世界の中心はあの惑星だ。」
「そう。それならアース姉さんに伝えておきますね。私の自慢の息子がそちらに行く、と。」
目の前にはゲートがあり、搭乗券をチェックしている。
トンボは立ち止まって横を見た。三つ編みの少女は笑っている。ゲートの先には、もう搭乗口までオートウォーク一本だ。ここが最後の別れになる。
「こんなできの悪い男を息子なんて呼んでいいのか? 最後の最後まで君に甘えるようなカッコ悪い男だ。」
「えぇ、最高に自慢できる息子ですよ。」
迷いも逡巡もなく、答えは返ってきた。
プルートは笑う。トンボも笑う。心の底から。別れではなく、旅立ちにするために。
再会を約束するために。これ以上、心配をかけないために。
「一つだけ、教えて欲しい。」
「えぇ、何でも答えますよ。」
「プルートの歳っていくつなんだ?」
問われて、きょとんとした表情を浮かべてから、笑い出す。
「ふふふっ。二十年以上一緒に暮らしてきたのに、最後の最後でそんなことですか。でもそれは乙女の秘密にしておきます。」
プルートは人差し指を立てて唇に寄せてみせる。いたずらをする時の笑みで。
「ずるいな、それ。」
「ふふふっ。じゃあ代わりに、」
そう言ってどこからかジャムを入れるのに丁度よさそうな小瓶を取り出してみせる。
「特製のシャボン液です。この星の土と森から材料を集めました。今日飛び立つ人にはみんなにプレゼントしたんです、お別れの挨拶をしたときに。」
小瓶の中には不思議な輝きを放つトロリとした液体が入っている。プルートお手製の特製シャボン液。
「辛かったり、寂しかったりしたら、そっとその液でシャボン玉を吹いてください。そして思い出して、あなたは独りじゃない。私がずっと見守ってます。そして、同じシャボン玉を、宇宙のあちこちで吹いている家族がいるのだということを。」
プルートはそっと小瓶をトンボに手渡して、両手でトンボの手を握り締める。
「あなたにプルートの守護を。」
トンボは受け取った小瓶を大切そうに胸ポケットにしまった。
「大事にするさ。今まで、ありがとう。行ってきます。」
トンボはそう言うと身を屈めてプルートの額に口づけた。
「俺は必ず帰ってくるよ、この星に。君の元に。どれだけ時間が掛かろうとも、いつか必ず。どんなに遠く離れてもここが俺のホームだから。」
トンボはそう言うと、振り向くことなく搭乗口に向かう。
「いってらっしゃい!」
プルートはその背に一言だけ、声をかけた。軽く手を上げてトンボが応える。ゲートの灯が落ちる。彼を乗せれば、船は旅立つだろう。広い宇宙を渡る旅へと。