天上の夢
この石像をご覧ください。この造りは他の石像と比べましても、奇妙に稚拙なところがあるとお思いになられませんか? 実はこの石像は人の手によってではなく、人類以前に地上で繁栄した種族の手によるものなのです。
この種族は地下と暗黒に属する不浄の知識を蓄えていました。しかし肉体的にはむしろ貧弱で、血の入った皮袋やむき出しの内臓に似た、人間には似ても似つかぬおぞましい姿をしていたと伝えられています。その種族の個体の一つが<古き神>のことを石に彫ったのですが、その際に生贄の苦痛と血肉を用いた儀式を行いまして、<古き神>の存在の一部がこれに宿ったということです。伝承によれば、これは永遠の光を放つ星辰が正しい位置に来たときに、ただの偶像ではなくまことの神の肉体と化してささげられた犠牲を貪り喰らうとやら。
さてこの石像がなぜ私の手に入ったかと申しますと、これは神殿が破壊された折に略奪されて去る遠方の国へと売り払われました。そこではなんと人類以前の種族の末裔が、退化しながらも自然の洞窟に棲みつき同族喰らいをしながら生きながらえていまして、その者たちの手に落ちたのでございます。しかしある時そこに一人の人間の男がやってきました。この者は財宝を求めて各地を放浪していたので、この石像のことを知ると隙を見て奪って逃げました。もちろん彼ら退化人たちは毒矢をもってその男を追ったのですが、男は運よく生きながらえて人間の住む町までたどり着きました。とはいえそのときにはすでに男の身体は毒によって蝕まれていて、程なくして黒い塵のような屍になってしまいましたが。
私は諸国を旅しておりました折、偶然その町に立ち寄ってこの石像を手に入れたという次第にございます」
アレクセイが話し終わる頃、どやどやと二人の男と一人の女が広間にやってきた。三人とも若い毛並みの良さそうな貴公子と貴婦人だったが、同時に身持ちが悪そうでもあった。私は、エルトリードとこのような者たちが親しげに接しているところなど考えつかなかったが、実際には彼女は彼らに親しげな笑顔を向けた。
「いらっしゃいませ、ガルシアさま、アラスさま、メリナさま。こちらは旅の行商の、アレクセイどのとヨハネスです。<古き神>にまつわる品物を持っていらっしゃるのよ」
それを聞くと、三人は鼻で笑った。
「またいかさま師か。今度はどんなたわごとを言いに来たんだ?」そう緑のチョッキを着た若い美男子が言った。それを聞いて黄色い帽子をかぶった男が馬鹿笑いをした。こちらは先の男とは違って、見ているとなんとも不愉快になるような容貌をしていた。
エルトリードは我々に、緑のチョッキの美男を豪商の次男のガルシア卿、黄色い帽子の男を参事会員の息子のアラス、自堕落な笑みを浮かべて銀の衣装を着ている娘を裁判官の令嬢のメリナだと紹介した。
「それで、この子はなんなの? これもあなたの商品の一部ってわけ?」メリナ嬢はにやにやと笑いながらそう言った。私はこの発言にいたく戸惑い、この女性の意味ありげな視線から逃げ出したく思った。
「いいえ、依巫でもしようものなら話は違いますが、売り物ではなくただの助手ですからご安心を」
アレクセイはそう言って手を振った。私に霊を憑かせる? まさかと思いながらもアレクセイがそれを実行に移さないことを私は神に祈った。
「アレクセイどのは<古き神>の石像をお持ちでいらっしゃるのよ。あなたがたは途中からお聞きになったかもしれませんけど」エルトリードがそう言うと、三人は聞いていないというのでアレクセイはもう一度あの長い話を言って聞かせた。するとみるみるうちに彼らは話にのめり込んでいき、話を聞き終わるとアラスはもっとないのかとアレクセイをせっついた。
アレクセイが長櫃から何か取り出そうとしたとき、広間に背の低い男の姿が現れた。その異様に年老いた顔を見た瞬間、私はあっと声をあげそうになった。男の顔は<鼠と猫>の会館で出入り禁止だと怒鳴られた男その人の顔だったからだ。男は我々の顔を見た瞬間、ものすごい顔つきになったがすぐに平静を取り戻したのか、何を考えているかわからない無表情に戻り、我々に向かって重々しげな口調で言った。
「お初にお目にかかるが、そなたらは一体なにゆえ女主人さまの招待にあずかったのだ?」
「私は旅の行商でございます。あるとき偶然<古き神>にまつわる品を入手しまして、こちらのエルトリードさまが<古き神>にまつわる品々を集めているという噂をお聞きしたゆえにこちらに参りましたわけでございます」
エルトリードが二人の間に割って入って、背の低い男をゴリアス師と紹介した。そして、魔術と太古から続く神降ろしの儀式に詳しい人物であるとつけくわえた。
「それで、商品はこれだけなのか?」ガルシア卿がそう言うと、アレクセイはかすかに微笑んで言った。
「実はまだもう一つございます。お聞きなさりたいですか?」
全員の賛同の眼差しを認めると、アレクセイは座って磨かれてもいない水晶を長櫃から取り出し、卓の上に置いた。
「これは<古き神>の御目にございます。至聖所に安置されていましたときには、この石像よりもっと大きな神の像の目に嵌め込まれていました。神はこの水晶を通して現世を見通されていまして、まさにこの水晶こそ現世と神の世界をつなぐものなのでした。この謂われはと言いますと、神代の昔<古き神>が地上を歩んでおられた頃、初めて彼を神として拝んだ男女に対して<古き神>が契約の証しとしてお授けになられたものであるそうです。しかし祭壇と神託所が破壊されましたときに他の神に仕える神官によって略奪されてしまい、売り払われた宝石屋で価値のわからぬ人々の手により長らくただの原石として扱われていました。さてこの水晶は言い伝えによりますと、しかるべき儀式によって聖別いたしますればこの世のものならぬ異界を覗き見ることができるそうなのです。そこはこの宇宙には対応する存在のない、奇妙な角度というべきもので構成された宇宙です。しかし注意をなさってください。異界を覗くという行為は同時に異界の者に覗かれることをも意味しておりますので、常に向こう側の存在に気付かれる、あるいは引きずり込まれるといった危険が生じます。常に飢えに苛まれている向こう側の存在の興味をひいてしまった存在に関して、私はいくつかの例を知っておりますがいずれもおぞましい破滅に陥ったというほかありません。そのことを是非お心にとめて、この品をお扱いくだされば幸いです」
私が石から目を離して周囲の人々の顔を見回すと、面白がっているような半ば信じているような三人とうっとりしているようなエルトリードはともかくとして、ゴリアス師が食い入るような目つきをしていることに私はぞっとした思いを感じた。怒りとも驚きとも欲望ともつかぬ荒々しい顔つきは、私が全く見たことのないたぐいのものだった。
「それで、何をお買い上げになりますか?」アレクセイがこう尋ねると、エルトリードは夢から覚めたようなはっとした顔になった。
「ではこの水晶と、石像と……それから護符と石と色砂も。おいくらなの?」