天上の夢
「あなたが持っていたのですか。で、私にあなたの神を崇拝しろとあなたはおっしゃるわけか」アレクセイは皮肉げに微笑んだ。どうやら、私にはあるのかないのか判別つかないアレクセイの誇りや倫理といったものがいたく傷つけられたらしい。
「何もおかしなことはないだろう
そのとき、あることに気付いて私は言った。
「二人減ったというのは、一体どういうことですか……?」
そうすると、ゴリアスは初めて私の存在に気付いたかのごとくに私を見た。そして彼は私にたいして恐ろしい笑みを浮かべた。
「彼らは我々の儀式に反抗したのだから、反抗していなかったとしてもいずれは反抗していただろう。だから殺した――その方が彼らにとっても良かったのだ。この世で罪を犯さなくて済むために。だが、儀式を積極的に行い、私に従順な者にはいずれ幸福が訪れ、死が死ではなくなるのだぞ」
「あなたの言葉には、正直うんざりしていますよ。似たような言葉をあらゆるところで聞きましたからね。ですが儀式には傍観者として参加したいと思います。推薦状なら女主人どのがもう一通書いてくださると仰りましたから、実はあなたのそれは私には必要ありません」
ゴリアスはそれを聞くと、どう答えていいものか迷っているように黙りこんだ。アレクセイは失礼すると言ってゴリアスの部屋から出ていってしまったので、私もゴリアスがあっけにとられているあいだにアレクセイの後を追って彼の部屋から出た。
「この屋敷は危険ですよ。なぜ儀式に参加するなんて言ったんですか?」私は誰かに聞かれるのを恐れて小声でアレクセイに言った。
「個人的な興味だ。彼らの行為が、どのような結果を迎えるかというな」
アレクセイの言葉はどうしようもないものだったので、私はそんなことをしていると命がいくつあっても足りませんと言ったが、彼は気に留めていないようだった。
階段を下って広間に戻ると、青ざめた顔のエルトリードが長椅子に倒れこむようにして座っているのが見えた。
「一体どうしましたか?」
アレクセイの問いかけに、彼女はのろのろと答えた。
「イレーネに嫌われてしまったわ……私のことを疑うのかと。ゴリアス師と彼女のことを、私が邪推したのが許せないと言われてしまいました。誤るから許してと言ったのに、それを聞くと彼女はますます軽蔑したような顔になって」
「邪推だなんて、彼女は見え透いた嘘をつきますね」
「でも私にあの子は責められない。今でさえ一緒にいられるなら、どんなことでも許すと思うの。何をしたところで、彼女の心は私のもとに返ってくる、そう思っていたのだけれど……今は何もかもがあやふや
「やれやれ。では私の口から申し上げますが、イレーネはあなたを最初から裏切っていましたよ。ゴリアス師と組んでね。彼らは<古き神>への儀式をでっちあげ、あなたから財産を巻き上げる計画のために、この屋敷に入りこんできたのです」
「なんですって?」エルトリードは目を見開いて、これほど驚愕することはあるのだろうかというくらい衝撃を受けた表情をした。
「霊媒も予言もでっちあげですよ、もちろん。私もその話を聞いてご相伴にあずかろうとこちらにやってきたわけですが。しかし、彼らは少々暴走しすぎて、危険なところまで行き着いてしまいました。もしあなたが望めば、この状況は打開されるはずなのですが……」
「どういうこと? 私に何をしろと?」
「簡単なことですが、ゴリアス師とイレーネをあなたのお屋敷から追い出せばよろしいのですよ」
「駄目よ。それはできない……」エルトリードは上の空で言った。
「ご自身の恋人と思っていた人物がただの詐欺師であったと認めるのはお辛いでしょうが、しなければならないことですよ」
「無理なことを言うのはやめて。私はイレーネを愛しているわ。それにあなたの言うことは信じられない……あなただって<古き神>の品物を持ってきてくれたでしょう? なぜいまさらこんなことを言うの? ああ、でもイレーネが本当に裏切っていたのだとしても、永遠に私の目の前から彼女が消えてしまうなんて耐えられないでしょう」
アレクセイは不機嫌そうにエルトリードの話を聞いていた。
「あなたにわずかなりとも理性が残っていたら、違う言葉を私におっしゃられたでしょうが……しかし恋は理性の敵でしたね。私はまた、効果のない説教を他人にするという愚にもつかぬことをしてしまったわけだ。
やれやれ。このようなわけであなたはご自身の運命を選び取ってしまったのですから、私は何も言わずにそれを眺めるだけといたしましょう」
そのとき、ゴリアス師とイレーネ、それに二人の客人が広間にやってきた。先日見たアラスという男がいないのがわかると、私はぞっとした。彼こそ、ゴリアス師のもう一人の犠牲者に違いなかったからである。
先日のように儀式の準備が行われた。ゴリアス師は卓の上に置かれたままの剣を見てこれは何だと言うと、椅子に座ったままで放心状態のエルトリードは魔術の儀式に使う剣で、アレクセイから買ったものだと答えた。するとゴリアスは剣を拾い上げ、後生大事そうに持って自らの立ち位置に戻った。
蝋燭の火が消され、あたりがすっかり暗くなるとゴリアスが儀式の開始を宣言した。
揺らめく一本かぎりの蝋燭の炎に照らされてゆがんだ影が舞い踊る中、ゴリアスはまず自分の腕に剣で傷をつけて、流れた血で魔法円を描きだした。この先日よりも一層気味の悪い行為のあいだ、イレーネに導かれた眠気を誘う唱和が続いて一方では闇に包まれたこの世のものならぬ儀式、他方ではあるいは愚かな狂人たちの宗教行為の模倣とも思われるような光景が私の目の前に現れた。
ゴリアスが床に平伏しろというと、不思議なことに我々を除く全員がそれに従った。平伏するなどしたことのなさそうな人間たちが、なぜそうやすやすと他人の命令に従えるのだろうか。そのようなことを考えた矢先に、肉を撃つ嫌な音が響いた。ゴリアスが我々は罪で汚れているので、清めるために苦痛を受けなければならないと言いつつ人々の背中を剣の腹で叩いていたのだ。
私はこれを見て気分が悪くなった。そのとき、イレーネが立ちあがった。
「崇拝者たちよ。星辰が揃った」
ゴリアスはこれを見て自身も平伏して言った。
「招来の儀式の準備が整いました。いつでもあなたさまを招くことができます」
「月の出を待ち、儀式を行うがよい」
二人の声はどこかこの世のならぬもののように聞こえた。それからいくつかの祈りの文句の後、儀式は終わった。
儀式をただ呆然と見ていた我々の前に、他の者たちに後片付けを指示したゴリアスがひどく不機嫌そうな顔でやってきた。
「どうして儀式に参加しなかったのだ」
「私たちは見ているだけと言ったでしょう」アレクセイは肩をすくめた。
「お前たちがいると力が弱まるのだ。参加しないならば出て行け」
「今さらですか? 私は……」
アレクセイが何かを言いかけたが、ゴリアスはそれを制した。
「話は変わるが、地下を見てみたいとは思わないか?」
思わぬ話の展開に、私は彼の意志をいぶかった。
「どういうことです?」
「ええ、見てみたいですね」しかし、アレクセイは即座に言った。