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象牙の小函

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「蓋ですって。そんなもの、今まで見たこともなかった。いつも庭は歩いていたのに」アピアスは驚いたようにそう言った。
「あんたの父がつくったものに違いない。わしが入ってみよう」
 グロスタールがそう言うと、アピアスは表情を変えて
「いや、私が行こう。父は他人に自分の私室に入られることを嫌ったのだ」と言った。
「お二人がた、地下は危険かもしれません。どうか私たちにお任せください。どのくらい広いかも分からないですし、ここからは妙な気配がします。フォーギスを殺した人間が潜んでいるかもしれません」アレクセイがお互い自分だけ地下に入ろうとする二人のなかに割ってはいった。
「いや、これはお前のような部外者が侵入してはいけないところなのだぞ。これを調べる権利はわしにある」
「では死にたかったらどうぞお好きに、と言いたいところですが、あなたは私の大切な雇用主です。勝手に死なれてはわれわれが困ります。わたしたちとイリーナ、それにガンツが中に入るのでよろしいでしょうか」
「ふん、好きにしろ。だが中の探索については逐一わしに報告しろ」
「ありがとうございます」
 三人がかりで上蓋を開けると、下のほうへと石造りの階段が現れた。闇に閉ざされていて、それがどのくらいまで続いているのはまったく見えなかった。アレクセイと私、イリーナ、ガンツの順で降りることにした。
「ではお先に」
 そう言うと、アレクセイはひとり暗い階段を降りて行こうとした。私たちは後に続いたが、暗くて何も見えなかった。アレクセイが明かりひとつなしにすたすたと先に下ってしまっているので、私は彼の名を呼んで明かりはないのかと言った。
「ああ、そうだった。明かりがないと駄目なのか」
「光がなくとも見えるんですかあんたは。いや、もしそうだとしても肯定しないでください。怖いですから」
 アレクセイは白っぽい光を頭上に出現させた。そういえば、彼が魔術らしい魔術を使うところを久々に見た。一応、自重しているのだろうか?
「おい。なにか見つかったか。見つかったら早く帰ってこい」
 グロスタールがせかすように言った。それを尻目に、われわれは階段を降りきって地下室を見渡した。
 書斎、というにはすこし広い雑然とした部屋が薄ぼんやりした光に照らされていた。書棚が二つ、岩をくりぬいたようなごつごつした壁に面して置かれ、その隣には小さな書き物机があった。
 部屋の中央は、奇妙なくらいがらんとしていた。この雑然とした部屋の中でなにも物が置かれていない唯一の場所だったのだ。しかし、その向こうがわ、部屋の隅には細長い形をした、棺のような木箱がおかれていた。
「なんなんでしょうね、この箱」
 私はひたすら書棚を眺めていたアレクセイに声をかけた。振り向いた彼の顔はすこし興奮していた。
「こんなところでこれらの書物にお目にかかるとは! 私の推察の通りだとすると、なかなか危険な状況だな。いや、あの神とはまったく関係がないぶんいいのだが」
「では、犯人が誰だかわかるんですか」
「いや、それまではわからない。私にとってはどうでもいいし」
「どうでもよくありませんって! なんとしてでも捕まえないと」私がそう言うと、アレクセイは肩をすくめた。
「ああ、それで何の用だい」
「この木箱はいったいなんでしょうか。棺のように見えますけど、中に何も入ってませんね」
「物入れのようにも見えないし。案外棺そのものなんじゃないかね」
 それはぞっとしないな、と思って木箱のそばから離れると、ふと中央の床に奇妙な白い線が書かれてあるのに気づいた。よく見ると、それは円と図形を組み合わせたような形をしており、故郷でいかさま師たちがそれを使って何でも出来ると豪語していた魔法陣に似ているな、と私は思った。
「それはまさしく魔術円だよ」
 アレクセイは私の考えを見透かしたかのように言った。
「分かっていたなら言ってくださいよ。でもこれって何なんですか?」
「んー、まあいろいろな使い方があるんだがね。これは暗い力に関係するかな。線が一部欠けているから分かりづらいが、死者に関するもので……」
「もしかして、あなたの言いたいのはこれが死者蘇生に関する魔法陣だということ? でも、こんな形ははじめて見るわ。死者に関するものならもっと違うはずよ」イリーナが会話に割り込んできてそう言った。
「まあそうかもしれませんが、どう見ても善良な目的に使われていたとは言いがたい雰囲気でしょう」
「まあね。でも、絶対こんな迷信めいたことをしても魔術が成功するわけないわ」
「それはわかりませんが」
「そういえば、妙な気配が何かわかりましたか」
 私はそう言いつつ、頭上の外へとつながる光を見上げた。もしあれが閉まってしまったら、そんなことを考えてしまい、余計に怖くなった。
「考えていたものとは違ったんだが、しかし――来るぞ」
 アレクセイの声が真剣味を帯びたものにいきなり変わった。
 魔法陣の中央に、影のようなものがわだかまっていた。
 それは最初希薄な空気のようだったが、だんだんと密度を増していき物質になった。それは鋭い鉤爪を持っていた。また蝙蝠のように大きい翼が生えていた。しかし、それをなんと表現していいのか分からなかった。そのねじくれた姿はただただ怖ろしく、気味が悪かった。そしてその鉤爪のひとつには、なんと盗まれた小匣があった。
 イリーナとガンツの二人もそれに気がついたようで、振り向いてそれを一瞥するなり押し殺した呻きのようなものを発した。
「これはなんなの? 小匣を盗みだした奴?」イリーナが震える声で言った。
「ええ。魔術師の使い魔のような存在です。鉤爪が鋭いので気をつけてください」
「じゃあガンツ、あなたが戦ってよ。私は近接戦闘が駄目なんだから」
 それを聞いたガンツが慌てた。
「待て。こういうときのためにあんたみたいな魔術師がいるんじゃないか。俺たち傭兵はこんなものと勝ち目のない戦いをするためにここにいるんじゃないんだぞ」
「じゃあアレクセイ、あんたがやってよ。私が無理なんだから」
「ああ、そうだな。あんたがやりあっているうちに俺が後ろからこれを襲うから」
 アレクセイは仕方ない、というような身振りをした。
「わかりました。そうしましょう」
 そのとき急に、怪物がガンツに襲いかかった。彼は剣を抜いてそれを切り払ったが、怪物はそれに痛痒をおぼえることもなく避けてガンツの腕を打ち、彼は剣を落としてしまった。
 イリーナはただおろおろしていたが、アレクセイはガンツの落とした剣を拾うと怪物の背後から切りかかった。狙いあやまたず、鈍い音を立てて刃はその背中に突き刺さった。怪物は不快な音を立てて唸った。
 しかしそのときには、ガンツは腹部を深く抉られていた。大量の血が流れ出て床を濡らし、彼は苦痛と恐怖のあまり膝をついてしまった。怪物は傷にも怯むことなく、鋭い嘴で彼の腹をつつこうとした。
「いったい、どうしたのだ」グロスタールの声が上から響いた。
「怪物が現れて……盗まれた小匣を持って……」イリーナが混乱した声でわめいた。
「怪物だと? それが小匣を盗んだのか? わかった。すぐそこを逃げろ。怪物を燃やし尽くすのだ」
作品名:象牙の小函 作家名:fia