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里美ハチ犬伝

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 小学校に通い続けて早三年。校舎内を把握している里美は、心の中でそう叫んだ。

 渡り廊下への両入り口には扉が設置されており、基本は開けたら閉めるようになっている。

 先ほどの追いかけっこでは扉が閉まっていた。

 それが北校舎の扉が開いていたのかは、序盤で早々にバテて犬を見失った掛布が、一時休憩として外の風に当たる為に開けて、そのままにしていたという事は誰も知らない真実。

 だが、そのお陰で―――

「ふっふふ、追い詰めたよ〜」

 まるでヒーロー戦隊ものに出てくる悪役のようなポジションで、犬の前で立ちはだかる里美。

 南校舎への扉は閉まっており、犬は扉を前足で扉を開けるほどの器用さはなかった。

「ふっふふ、さぁ覚悟!」

 逃げ場が無いにも関わらず、犬の目はまだ諦めていなかった。

 犬は迫り来る里美の腕をかわす為に真横へ走り出し、転落防止用の柵の隙間を潜り抜けると、躊躇すること無く飛び降りたのである。

「うそっ!」

 思いがけない突然の行動に里美は身体は硬直し、スローモーションのようにゆっくりと展開していく光景。

 まるで本当に空を飛んでいるかのようだった。

 だが、七メートルほどの高さから飛び降りた先は中庭であり、クッションや池などといった衝撃を緩和するものは無い。

 いくら猫と同じご先祖様を持つ犬でも、無事では済まない。

     ***

 少し時間は戻り―――

「あの犬の野郎。何処に行きやがったんだ?」

 掛布は犬を探しに一階へと降り、二階の渡り廊下の真下の辺りから、出入り可能な窓ガラスを開けて、上履きのままで中庭へと出ていたのであった。

「まぁ、人間様ならば頭を使わないとな。どうせ犬だ。すぐに学校の外に出てくるはず。この辺りで待ち伏せていれ……うん?」

 地面に映る自分の影とは別の影が、段々と大きくなっていく事に気付くも、振り返ることも出来ないまま、ドシンッと重い衝撃が背中を襲い、

「へげっしっ!」

 無様な声を上げ、そのまま地面に倒れこんだ。

 掛布を押し倒したのは、渡り廊下から飛び降りてきた犬だった。

 掛布のノックダウンと同時に、二時限目の終了と中休みの開始を報せる鐘(チャイム)が鳴り響く。

 犬は何事もなく歩き出し、中庭の端の方に植えられている紫陽花の茂みへと向かい姿を隠した。その様子を里美は柵に身を乗り出し眺めていた。

 犬の無事を確認し、「ほっ」と安堵の胸をなでおろすも、すぐさま里美も中庭へと向かって行く。

 ワクワクとドキドキの表情を浮かべて。


作品名:里美ハチ犬伝 作家名:和本明子