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里美ハチ犬伝

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◆第五話 犬の名は



 中休み―――
 二時限目と三時限目の間に設けられている十五分間の休み時間。

 小学校だけにある休憩時間であり、短い時間にも関わらず、ドッジボールをしにグランドへと遊びにいく生徒や教室に残って友達と会話を楽しむ生徒などと、気分転換を存分に味わう貴重な時間である。

 しかし、里美のクラス―三年一組―の生徒達は、いつもの休み時間の過ごし方とは違っていた。

 中庭にいる里美の元へと、渚や宏子、他に数人のクラスメート達がやってきた。

「里美ちゃん。あの犬は?」

 真っ先に宏子が今回の騒動元の所在を訊ねた。

「ほら、あそこにいるよ」

 里美が指差した先は紫陽花の茂み。
 その茂みの葉っぱの隙間から、チラリと白い物体が見え隠れしていた。

「あんな所に逃げ込んだんだ……」

「ヒロちゃん。凄いんだよ、あの犬。あそこから飛び降りたんだよ」

 犬の様子を伺う宏子の肩を叩き、里美は瞳を輝かせながら先ほど自分が居た場所を指差す。

「あそこって……あの渡り廊下から?」

「そうなんだよ。シュバッと飛んでね。鳥のように空を飛んでいるようだったんだよ」

 隣に居た渚が話に加わる。

「あんな所から飛び降りたのに、よく無事だったな」

「飛び降りた先に、なぜか掛布がいてね。掛布が下敷きになったのが良かったかも」

「ああ。それで掛布が、あそこで寝ていたのか……」

 ここに来る途中、中庭の出入り口付近で地面に伏していた掛布がいたことを思い返す。その姿はボロ雑巾みたいだった。

「気付いていたのなら起してくれよ」

 ボロ雑巾……ではなく、掛布が背後霊みたく渚の肩に寄り掛かってきた。

「で、あの糞犬は何処だ?」

 ワザとらしく辺りを見回し、犬を探す掛布。
 そして、茂みの奥でふてぶてしく寝ている犬を見つける。

「よーし、そこでジッとしてろよ! 今、ぶん殴ってやる!」

 半袖の袖を無意味に腕まくりをして、茂みに分け入ろうとすると渚が呼び止める。

「犬を殴ったら警察に捕まるぜ、掛布」

「あん、なんで犬を殴ったら捕まるんだよ?」

「知らないのか? 動物を殴ったり傷つけたりすると罪になるんだよ」

 渚の豆知識に「えっ! マジで?」と驚く掛布。

「あ、なんかテレビのニュースで見たことがある。なんだったかな……」

 宏子は心当たりがあるようで、必死に思い出そうとしていると、渚が答えを述べる。

「動物愛護法ってやつだよ。ついこの間、野良猫に酷いことをして捕まったというニュースでやっていたよ」

「あ、そうそう。それ」

 宏子も同じニュースを見ていたようで相槌を打つ。

「ま、まぁ警察にバレなきゃ、捕まらないだろう」

 冷や汗をかきつつ堂々と人前で犯行予告を語る掛布に対して、里美は呆れながら、

「もし掛布が、あの犬を殴ったら、私達がすぐに警察に言うからね」

 掛布以外、この場にいる全員が賛同する。

「な、なんだよオマエら。犬と俺、どっちの味方なんだよ?」

「そんなの犬の味方に決まっているでしょう」

 またしても、全員の賛同の声があがる。

「キ〜〜!」

 悔しい顔を浮かべ、大雑把に地団駄を踏む掛布。
 そんな掛布はほっといて、里美たちは犬について語り出す。

「やっぱり、首輪とか付いてないから野良犬だよね」

「家とかが無いということになるよな」

「雨が振ったら、びしょ濡れになっちゃうよね……」

 犬への好奇心は、哀れみへと変わっていく。
 皆の気持ちは犬に届いていないのか、大きな欠伸で返した。

「もし野良犬だったら、このままだったら“保険所”に連れていかれるよな……」

 渚が何気なく発した言葉に、里美が食いつく。

「保健所って?」

「保健所ってのは、簡単に言えば僕たち、人の健康とかを管理、検査する所だよ」

「病院とは違うの?」

「うーん。病院と比べると……病院よりランクが上じゃないかな。確か保健所って、国が管理してるとかだったような」

 突然の質問に、そこら辺はあやふやだったらしく自信無く答えたが、それでも人面犬や動物愛護法などを知っていた、物知りな渚に一同は納得する。

「その保健所に、なんで犬が連れて行かれるの?」

 里美が本題に戻す。

「なんでも野良犬には狂犬病とかいう病気を持っていたりして、噛まれたらその病気が移るから危ないから捕まえるんだって……で、その後は、処分されるんだよ」

 渚の物騒な言葉に、里美は思い当たる言葉で訳す。

「処分……殺しちゃうということ?」

 静かに頷く渚。

 ―――保健所の役目は、インフルエンザや結核といった病気の対策、食中毒の検査といったものから、水質・土壌検査などの公害対策など、いわゆる対人・対物に対しての様々な保険活動を行っている。
 その数ある保険活動の一つに、犬や猫等の動物の殺処分などが行われているのである。年間、犬は約二十万匹、猫も同数程度の数が処分されている。
 しかし、動物愛護が叫ばれる昨今では、引き取り先の募集を積極的に行っており、年が経つにつれ処分される数は減ってきてはいるのだが、未だその数はゼロでは無い―――

「え〜、なにそれ! それじゃ、保健所に連れて行かれたら、あの犬……」

 納得のいかない現実に気落ちしてしまう里美たち。

「ふん、保健所に連れて行ってしまえ!」

 掛布が悪口をたたくものの、里美や渚たちが一斉に睨み付けて黙らせる。

「この犬、ここで飼っちゃダメかな?」

 宏子がそう呟やくと、

「そうだ! だったら、学校で飼ったらどうかな?」

 里美たちもその意見に乗っかり、アイディアを足していく。

「飼育係みたいに皆で世話してさぁ。順番に散歩とかするの」

「それ、良いかも!」

「エサは給食の残りをあげればいいんじゃね?」

「ああ。必ず給食は残るから、犬に食べて貰えばエコだよな」

 里美たちの中では、この犬を飼うことは決定事項となった。
 飼うと決めたのなら、一番重要な事を決めなければならない。

「それじゃ、まずは名前を決めないとな」

「名前か……。やっぱり、シロとか」

「いくら白い犬だからって、シロというのはつまらないな。ここはカッコイイ名前をだな……アレックスなんてどうだ?」

「犬といったら、ラッシーだろう。常識的に考えて」

「ウンコバカアホ太郎」

「ペ、ペペは、どうかな?」

「チロルはどう? 可愛いと思うけど……」

 皆が皆、思い思いに考えた名前を口にして出し合う。

「里美ちゃんはどんな名前が良いと思う?」

 先ほどの算数の計算問題と同等に、腕を組み悩み考えている里美に宏子が声をかける。

「ん〜〜〜〜」と唸った後、良い名前を思いついたのか、ポンっと手を打つ。

「ハチ、かな」

「ハチ?」

 宏子の頭の中に昆虫の“蜂”を思い浮かんだ。

「どうして犬に蜂なのか?」と内心思ったが、すぐさま里美は宏子に、

「ほら、テレビのCMで外国人が犬に“ハチー”って、呼んでいるじゃない」

 “ハチ”の部分のみ、そのCMの外国人の声真似をしてみせる。

「ああ。あの映画のCMだね」
作品名:里美ハチ犬伝 作家名:和本明子