里美ハチ犬伝
「餌代なんて、そんなにかかるモノじゃないだろう。まぁ、毎日高級缶詰とかだったらアレだけど。世話が大変って言っても、毎日ほとんど家にいるんだから、オマエにとっては良い暇つぶしになるんじゃないのか?」
朗はワイシャツを脱ぐと、莉奈を見つめる。
「な、なに?」
「てか、莉奈……最近、太ってきていないか。運動とかしてないだろう。あのゲームも埃がかぶっているし」
朗がそう言い、テレビの横に置かれているゲーム機と周辺機器のボードを指差す。
「うっ……そ、それは……その……」
人間誰しも、熱し易く冷め易いものである。
よほどのもので無ければ、長続きはしない。だから、流行というものが生まれるのだろうか……それはさて置き。
「犬ぐらい良いじゃないか。俺は飼っても良いと思っているよ。夢のマイホームで犬を飼って暮らす。理想の家庭像だよ。それに動物を飼うということは情操教育にもなるって言うしな」
里美にあれだけ犬は飼わないと言った手前、自分の主張を引っ込められなくなっていた。だが……、
「まぁ……アナタが、そういうなら仕方無いわね」
しかめ顔ながらも、渋々と犬を飼うことを了承した。
「よっし。それじゃ、里美を探しに行こうか。里美が俺に似ているんなら、今頃、犬と離れ離れになりたくなくて、どっかで犬と一緒にうずくまっているだろう」
「アナタもそうだったの?」
その問いに、朗は自分の名前通りの朗らかな笑顔で返した。
***
完全に陽は沈み、暗い空に点々と星々が煌いていた。
何処に行く当ても無かった里美たちは、先ほどみんなと遊んだ公園に居り、その時ハチと共に隠れたダンボールの中に再び入っていたのだ。
その姿は、まるで捨て犬のようだった。
五月といっても、昼に比べて気温は五度近く低くなり、半そでとショートパンツの里美は肌寒さをより感じていた。そこで里美はハチに寄り添い、ハチの温もりで寒さを凌いでいた。
ハチを飼えないのなら、このまま家に帰らないで、ここでハチと暮らしても良いかなと思い始めた時、グゥ〜と腹の虫が鳴る。
「ハチ……お腹、空いたね……」
家に帰った時、カレーの匂いが漂っていたことを思い出す。
今日の晩御飯は、ママ特製のチーズカレーだったのだろう。そのカレーは里美の大好物。
「カレー……」
カレーの誘惑に負けそうになるが、隣にいるハチを見つめる。
カレーのためにハチを捨ててはいけないと、里美は我慢することを決めた。
「大丈夫。カレーよりも、私はハチを取るからね!」
すると今度は、「ふぁ〜〜あ〜〜」と大きな欠伸が出た。
学校での追いかけっこ、公園での遊んだ疲れが溜まっていたのだろう。空腹と共に睡魔が襲い始めた。
そして里美は、ハチの温もりに心地よさを感じつつ、そっと瞼を閉じた。
ハチは眠る里美を見守るかのように、ただ黙って見つめていたのであった。