里美ハチ犬伝
◆第六話 ここ掘れワンワン?
時は過ぎ、帰りのホームルームの時間。
各自ランドセルを机の上に置き、帰る準備は整っていた。
今日は犬が乱入したりで、いつもよりも騒がしい一日だった。
その為か、二宮先生はいつも以上に疲れているようで、生気の無い顔をしている。
「犬は絶対に、絶対に連れてこないように。そして、犬が迷い込んできても追いかけないように……以上……」
言葉少なげに注意ごとをサラッと述べて、帰りのホームルームは早々に終わってしまった。
里美たちは、すぐに席を立ち中庭へと向かうと、ハチは里美たちを待っていたかのようで、中庭の中央に植えられている桜の木の下で座っていた。
「さぁ、ハチ。一緒に帰ろう?」
里美が呼びかけるとハチは起き上がり、里美の下へと歩み寄ってきた。
一緒に追いかけっこしたり、餌をあげたりしたお陰なのか、里美たちへの警戒心が薄れたのか、里美がハチと出会った朝―一歩近づこうとしたら、一歩離れられた―比べて、距離は随分縮まっているようだった。
里美はハチを連れて、いつものように渚と宏子、他数名と一緒に学校を出る。そのグループから少し離れて、電柱柱に身を隠しながら後を追う、掛布の姿が有った。
「クソー。あのウ○コバカアホ太郎め……絶対に許さないからな」
掛布はいまだ、手に“しっこ”をかけられた恨みは忘れておらず、仕返しをするチャンスを伺っていた。
「掛布くん……こっちの方角じゃないよね」
後を付いてくる掛布に気付いた宏子はそのことを里美に教えるが、「そんなヤツ、ほっとこう」と手で払う仕草を取る。
さて里美は、朝来た道とは別のルートを通っていた。
帰宅途中で、みんなと遊ぶことは日課となっていた。校則では学校が終わってから、まずは真っ直ぐ家に帰ってランドセルを置いてからではないと、友達と遊んだり、何処かに遊びに行ったりしては駄目なのだが、それはそれとして、一分一秒でも遊んでいたい小学生にとって、一度家に帰ってから、またみんなと会うというのは時間の無駄なのだ。
だからこうして、一緒に帰宅している時に、一緒に遊ぶのである。
今回は、ハチも居るということなので、誰かの家に遊びにいくのは辞めて、近くの公園で遊ぶことにした。
住宅街の中にあり、町民の憩いの場となっている若草公園。
ジャングルジムやブランコなどお馴染みの遊具などが設置されており、サッカーが出来るほど広い広場も有する公園だ。
周りには桜の木が植えられており、今年の四月は花見をする人たちで溢れていた。
里美たちは、ランドセルや補助カバンなどをベンチに集めて置き、何をして遊ぼうかと話し合いを始めた。
「何して遊ぶ?」
「鬼ごっことかかくれんぼうかな?」
「えー! 今どき、鬼ごっことかかくれんぼうって」
小学三年生にもなれば、鬼ごっこなどは幼稚染みた遊びと感じるようになっていた。だが、サッカーボールとか遊び道具が無いので、選択肢は限られる。
すると渚が、近くに落ちていた木の棒(桜の枝)を拾って持ってきた。
「これを投げて、ハチが拾ってくるかな?」
「あー、あれね!」
里美が声をあげる。
頭の中で投げた木の棒をハチがくわえて持って帰ってくるシーンを思い描く。
「私、あれに憧れていたんだよね」
「それじゃ、それー! ハチ、取ってこい!」
渚は遠くへ、木の棒を放り投げる。
しかし、ハチは『なぜ、そんなことをしないといけない?』といった感じの表情を浮かべ、後ろ左足をあげて耳をかくだけだった。
「まぁ……、訓練しないとダメみたいだね」
里美のイメージ通りには行かず、憧れは脆くも崩れて肩を落とすと、みんなの笑い声があがる。
「しょうがないか……よし」
里美は気持ちを切り替えて、
「掛布、捕ってこい!」
と、大きな声で叫ぶと、桜の木の後ろに隠れていた掛布が飛び出した。
そして「ワォ〜ん」と犬の鳴き真似をしながら、投げ捨てられた棒へと一目散へと駆け寄り棒を拾うと、里美の下へと持って帰って来た。
「って、何をやらしとんじゃ!」
せっかく拾ってきた木の棒を、地面に叩きつけた。
掛布のノリツッコミに、一同は大笑い。
「なに、さっきからコソコソしているのよ。一緒に遊びたかったら、一緒に遊んであげても良いよ」
「うるへー! 誰がお前達なんかと遊ぶかよ」
里美の誘いに、掛布は憎まれ口で突っ返す。
「あっそ。だったら、向こうで一人で遊んでなよ」
「フンッ、お前に言われなくても、そうするよーだ!」
人差し指で下まぶたを引き下げ、舌を出し、アッカンベー。そして、背中を向けて立ち去っていた。そんな掛布と入れ替わりに渚が、今度は空き缶を拾ってやってきた。
「みんな、これで缶蹴りでもしようよ」
「賛成ー!」
渚を先頭にして一同は、広場エリアへと移動する。
「ほら、ハチも行こう。そこにいると、掛布に何かされるよ」
ハチは里美の言うことに素直に従い、里美の後を付いていった。
そして、一人残された掛布。
「くそ〜。あの犬といい、藤井里美もバカにしやがって〜」
ふとベンチに積み重ねているランドセルの山に目が止まる。
「犬の責任は、飼い主の責任だよな」
ニヤっと嫌らしく笑い、掛布の悪戯心に火が点いた。
***
日が傾き、夕暮れ時。
カラスが「カァー、カァー」と鳴き、里美たちの影が細長く伸びていた。
「ズルイよ、里美ちゃん。まさか、ダンボールの中に隠れているなんて……」
「へへっ。だけど、ハチが鳴かなかったら、まだ見つけられていないと思うよ」
里美は、ドヤ顔を浮かべ宏子を見る。
遊びは、缶蹴り、鬼ごっこ、そしてかくれんぼうと移行していった。そのかくれんぼうをしていた時に、里美は茂みに捨てられているダンボールを見つける。きっと、誰かがお花見をしたときにゴザ代わりにしたのを、そのまま放置していったのだろう。
里美はそれを箱状に戻し、その中にハチと入って隠れていたのだ。絶対に見つけられないとタカをくくっていたが、ハチが“ワンっ”と、吠えたために見つけられてしまったのだ。
「でっ、藤井が鬼になったらなったで、あっという間に見つけて、捕まえるんだからな」
汗と土埃まみれになり、疲れ果てている渚が言葉を漏らす。
ハチと互角の追いかけっこを演じた運動能力を武器に、走り逃げる渚たちをあっという間に追いついてはタッチする。
それは役目通りに鬼のような強さだった。
「そういえば、掛布のやつは?」
途中から姿が見えなくなっていた人物を訊ねたが、
「帰ったんじゃないの?」
居なくなったことに、誰も特に気にすることはなく、ご存知無かった。
「それじゃ、俺たちも帰ろうか。そろそろ遅くなるし」
「そうだね」
里美たち一同は、ランドセルを置いているベンチへと向かう。ベンチに着くや否や、里美が「あれっ? あれあれあれ?」と、素っ頓狂な声をあげる。
「どうしたの? 里美ちゃん」
「私の補助カバンがないの……」
「え? だって、ここに……あっ!」