ココロの距離
【3】-3
(わたし、何してるんだろう)
何のために、高校を公立でなく女子高に行ったのか――中学の間も「幼なじみ」でしかいられなかったことに嫌気がさして、柊から離れるためだった。
そのつもりだったはずだ。それなのに、柊が里佳と付き合い始めてから、じわじわと、自分とは別の学校で自分の知らない生活をしていることが、気になって仕方なくなった。
社会人になったらたぶん、嫌でも違う場所に生活基盤を持たなければならなくなる。その時に未練がないように、せめて最後の学生生活は同じところで過ごしたい――それだけのために、周囲の大半に嘘をついて、K大に入学した。高校に引き続きの私立で、両親には経済的負担をかけてまで。
……本当に、何をやっているのだろう。
自分勝手な恋愛、それも完全な片想いなのに、いまだにあきらめずにいて。それだけならまだしも、相手から離れたい、いややっぱり一緒にいたいと決意を二転三転させて、挙げ句に周りをだましてまで。
ハーブティーのカモミールの味が、ひどく苦く感じられた。
その2日後。
2時限目の西洋史概説が終わった大教室で、奈央子が持ち物をまとめていると、柊が近寄ってきた。
思わず逃げたくなったがそういうわけにもいかない。と考えているうちに、柊は隣の空き椅子に座る。
「なんだ、おまえもこの講義取るつもりなのか」
「……うーん、まだ考え中だけど」
「自由選択用だろ? だったら取っとけよ。あの教授はそんなに採点厳しくないし、同じ講義が増えたらおれも助かるし」
「要するにそういう目的?」
話しつつ、とりあえずは笑顔でいる。だが、我ながらなんだかぎこちない感じがしていた。
柊がふと、やや心配そうな色を顔に浮かべた。
「なあ、おまえ朝からちょっと元気なさげだぞ。秋風邪でもひいたか?」
「なにそれ、秋風邪って」
内心の動揺を押し隠し、わざとまぜ返す。
昨日は語学のない曜日で、学内にいる間も柊には出くわさなかったので、正直助かった。
一昨日から、講義中もバイトの間も、事あるごとに考えていた。特に家に一人でいる時は。――柊から、離れていかなければならないと。
プライベートでは当然に、講義等に関することでも可能な限り。そうしなければ、いつまで経っても状況は変わらないし、里佳の不満も大きくなるばかりだろう。
何より、気持ちを変えるための決心がつかない。
――けれど、どう話せばいいのか。それが悩みどころだった。考えて考えて、ここ2日はあまり眠れていない。あくびをかみ殺し、口の中の息を吐き出す。
それをため息と取ったらしく、柊が言った。
「ひょっとして今頃試験疲れか? 年取ると筋肉痛とかが2・3日経ってから出てくるっていうけど、そういうやつか」
「……あのね、2日しか違わないんですけど、誕生日」
「まあそれは冗談として。景気付けになんか食いに行くか? ちょうど昼休みだし、こないだのノートの礼もしてないし」
試験中に言っていた「オゴリ」のことだろう。まだ律儀に果たすつもりらしい。奈央子は断りかけて――途中で思い直した。
「そう? じゃあありがたくご馳走になろうかな」
食事の席なら、少しは話を切り出しやすいかも知れない。そう考えた。
お互い3時限目に用事があるということで、選んだのは学内のステーキ料理店だった。大学からの委託で入っている外部店舗の一つである。
席につくと柊は、一番人気のステーキランチを2人前注文した。
「え、いいわよ。1200円もするのに」
思わずそう言うと、柊は笑って手を振った。
「気にするなって。こないだ入った給料がまだ残ってるし」
科目選択期間のせいか、学内を行き来する学生の数は普段よりも多く思える。店内も満席で、厨房での調理の音も相まって結構ざわついていた。やがて料理が運ばれてきて、煙と匂いが文字通り目の前に広がる。
内容が内容だけに、静かすぎる場所で話すよりは良いような気もするが……しかし、気持ちよいほどの食べっぷりを見せる柊を目にしていると、どうもタイミングがつかみづらい。
あまり箸の動きが遅いと変に思われそうで、なるべく普段通りのスピードで食べようとするが、ともすれば喉につかえそうな心地がする。せっかくの味も半分わからないぐらいだった。
柊の方はすでに、ごはんのお代わりなど頼んでいる状況である。
たまに、こんなふうに一緒に食事をする機会は、実家にいる頃からのひそかな楽しみだった。何かの折に自分で作ったものを食べてもらい、気に入った時の嬉しそうな顔を見ることは、特に。
そんな思いも今は、すぐに自己嫌悪に取って代わる。……つらい。
考えてる間にも、柊の前の食器からはどんどん料理が減っていく。昼休みも残り20分程度になっていた。