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まつやちかこ
まつやちかこ
novelistID. 11072
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ココロの距離

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【3】-3

 (わたし、何してるんだろう)
 何のために、高校を公立でなく女子高に行ったのか――中学の間も「幼なじみ」でしかいられなかったことに嫌気がさして、柊から離れるためだった。
 そのつもりだったはずだ。それなのに、柊が里佳と付き合い始めてから、じわじわと、自分とは別の学校で自分の知らない生活をしていることが、気になって仕方なくなった。
 社会人になったらたぶん、嫌でも違う場所に生活基盤を持たなければならなくなる。その時に未練がないように、せめて最後の学生生活は同じところで過ごしたい――それだけのために、周囲の大半に嘘をついて、K大に入学した。高校に引き続きの私立で、両親には経済的負担をかけてまで。
 ……本当に、何をやっているのだろう。
 自分勝手な恋愛、それも完全な片想いなのに、いまだにあきらめずにいて。それだけならまだしも、相手から離れたい、いややっぱり一緒にいたいと決意を二転三転させて、挙げ句に周りをだましてまで。
 ハーブティーのカモミールの味が、ひどく苦く感じられた。

 その2日後。
 2時限目の西洋史概説が終わった大教室で、奈央子が持ち物をまとめていると、柊が近寄ってきた。
 思わず逃げたくなったがそういうわけにもいかない。と考えているうちに、柊は隣の空き椅子に座る。
 「なんだ、おまえもこの講義取るつもりなのか」
 「……うーん、まだ考え中だけど」
 「自由選択用だろ? だったら取っとけよ。あの教授はそんなに採点厳しくないし、同じ講義が増えたらおれも助かるし」
 「要するにそういう目的?」
 話しつつ、とりあえずは笑顔でいる。だが、我ながらなんだかぎこちない感じがしていた。
 柊がふと、やや心配そうな色を顔に浮かべた。
 「なあ、おまえ朝からちょっと元気なさげだぞ。秋風邪でもひいたか?」
 「なにそれ、秋風邪って」
 内心の動揺を押し隠し、わざとまぜ返す。
 昨日は語学のない曜日で、学内にいる間も柊には出くわさなかったので、正直助かった。
 一昨日から、講義中もバイトの間も、事あるごとに考えていた。特に家に一人でいる時は。――柊から、離れていかなければならないと。
 プライベートでは当然に、講義等に関することでも可能な限り。そうしなければ、いつまで経っても状況は変わらないし、里佳の不満も大きくなるばかりだろう。
 何より、気持ちを変えるための決心がつかない。
 ――けれど、どう話せばいいのか。それが悩みどころだった。考えて考えて、ここ2日はあまり眠れていない。あくびをかみ殺し、口の中の息を吐き出す。
 それをため息と取ったらしく、柊が言った。
 「ひょっとして今頃試験疲れか? 年取ると筋肉痛とかが2・3日経ってから出てくるっていうけど、そういうやつか」
 「……あのね、2日しか違わないんですけど、誕生日」
 「まあそれは冗談として。景気付けになんか食いに行くか? ちょうど昼休みだし、こないだのノートの礼もしてないし」
 試験中に言っていた「オゴリ」のことだろう。まだ律儀に果たすつもりらしい。奈央子は断りかけて――途中で思い直した。
 「そう? じゃあありがたくご馳走になろうかな」
 食事の席なら、少しは話を切り出しやすいかも知れない。そう考えた。
 お互い3時限目に用事があるということで、選んだのは学内のステーキ料理店だった。大学からの委託で入っている外部店舗の一つである。
 席につくと柊は、一番人気のステーキランチを2人前注文した。
 「え、いいわよ。1200円もするのに」
 思わずそう言うと、柊は笑って手を振った。
 「気にするなって。こないだ入った給料がまだ残ってるし」
 科目選択期間のせいか、学内を行き来する学生の数は普段よりも多く思える。店内も満席で、厨房での調理の音も相まって結構ざわついていた。やがて料理が運ばれてきて、煙と匂いが文字通り目の前に広がる。
 内容が内容だけに、静かすぎる場所で話すよりは良いような気もするが……しかし、気持ちよいほどの食べっぷりを見せる柊を目にしていると、どうもタイミングがつかみづらい。
 あまり箸の動きが遅いと変に思われそうで、なるべく普段通りのスピードで食べようとするが、ともすれば喉につかえそうな心地がする。せっかくの味も半分わからないぐらいだった。
 柊の方はすでに、ごはんのお代わりなど頼んでいる状況である。
 たまに、こんなふうに一緒に食事をする機会は、実家にいる頃からのひそかな楽しみだった。何かの折に自分で作ったものを食べてもらい、気に入った時の嬉しそうな顔を見ることは、特に。
 そんな思いも今は、すぐに自己嫌悪に取って代わる。……つらい。
 考えてる間にも、柊の前の食器からはどんどん料理が減っていく。昼休みも残り20分程度になっていた。

作品名:ココロの距離 作家名:まつやちかこ