ココロの距離
【7】
明後日からの、土日を含めた4日間が、いよいよ大学祭本番である。何かしらの催しに携わる学生は皆、講義の合間を縫っての準備に追われていた。
柊の所属サークルも例外ではない。今日は午後から、屋台や器具のレンタル・食材販売などの業者が学内に出入りしている。事前に大学の担当を通じて各団体の必要数は発注済みで、それらの搬入・受け渡しが、学生会館前の広場で行われていた。
早くに引き取りを終えたところは、各所で早々に屋台の設置にかかっている。柊のサークルは、3時限目に体の空いてる人間が少なかったこともあり、多数の団体に混じって必要な物を引き取り終えたのは、4時限目の時間を半ば過ぎた頃だった。
屋台用の鉄のポールやテントは大きい上にかなり重い。加えて、サークルが出店場所として割り振られたのは、正門の近くである。来客がよく通る場所ではあるだろうが、重くかさばる物を持って行き来するには、学生会館からの距離が少々長かった。
全て運ぶために、柊はサークルの仲間2名と受け渡し場所との間を何度も往復し、そのたびに長い列に並び、時間と気力をかなり消費した。ようやく終わった頃にはへとへとで、しばらく地面に座り込んでしまった。
ふと周囲を見ると、4時限目が空き時間らしい学生が数名集まっていて、荷解きを始めている。運んできた品物や数量に間違いがないかを確認しているらしい。
柊が立ち上がろうと思った頃にはチェックも終わったようで、企画委員の一人である3年生が休憩の指示を出した。彼女はその場にいる全員を見回し、柊に目を留める。
「悪いけど羽村くん、買い出し行ってきてくれる? あ、一人じゃ持ちきれないだろうから誰か――」
「私、行きます」
3年生の呼びかけに応じた人物に、柊は驚く。
いつの間にか来ていた、里佳だった。
彼女とはあの日以来、サークルの集まりで顔を合わせても口はきいていない。運良くというか、しゃべらなくてはいけない機会もこれまではなかった。……しかし、柊と里佳の関係はサークル内ではほぼ暗黙の了解事項なので、何か不自然に感じた第三者が多少はいるだろうと思う。
案の定というべきか、里佳が名乗りを上げた時、思わずといった様子で自分たちをうかがった学生が何人かいた。柊は心の中でため息をつく。
当の3年生は気づいていないようで、ごく素直に里佳の申し出を受け入れた。それぞれの希望(飲み物やお菓子など)を集計して、リストを柊に渡す。
とりあえず、大学生協内の売店へ向かうことにした。学生会館の方角へと、里佳と並んで歩く。
――彼女とも、話をしなければならなかった。
奈央子への想いに気づいた以上、里佳とこれ以上付き合うわけにはいかない。だが、考えれば考えるほど、申し訳ないという思いばかりが湧いてきて、奈央子に対する時とは違う意味で気が重かった。
意識してなかったにせよ……いや、意識してなかっただけに、里佳に悪いことをしてしまったと思わざるを得ない。
二人きりの今のうちに話しておかないと、また後回しにしてしまうかも知れない――それはやはり避けたい。しかし、どう切り出したものか。
お互い無言の状態が続くうち、目的の売店に到着した。学内の状況を反映して多くの品物が売り切れで、リストの半分ぐらいは買えなかった。どうしようかと考え、大学近辺のコンビニを回ってみることにする。
……先ほどから、完全に行き先のことしか口にしていない。ひょっとしたら里佳の方から話を振ってくれるかも、などと消極的に逃げている自分を、今さらながら自覚した。
――言わなくては。
「……あの、さ。望月」
学生会館近くの門から学外に出たところで、ようやく柊はそう切り出した。
「なに?」
聞き返した里佳の声は思ったよりも平静だった。そのことに安堵しつつ、話を始める。