恋の掟は夏の空
東京の夏−4
「ね、これ、かっこいいよね」
直美はさっき買ったばかりの袋からトレーナーを胸に当てながら覗き込む
これで、もう、5回目だろうか。
そのたびに
「そりゃあ。もうお似合いですよ。お嬢様」
笑って顔を覗き込む。
「映画は見れなくなっちゃったけど、いいよね。早くスーパー寄らないと閉まっちゃうし」
まだ、夕方の5時なのに、それはないだろうと思う。
「昨日ね、電話でおにーちゃんに聞いちゃった。いいスーパー。」
「駅前のより、その次のお店のほうがが安くていいんだってさ」
にーちゃんと喋りやがったか・・
彼女の兄貴と俺の兄貴は、高校の同級生だったらしい。
にーちゃんは俺が東京に出てくるのと入れ違いで、田舎に帰っていた。
「俺んちに電話したのかよ」
「だってさ、劉がさ、予備校さぼっちゃったら、会えないかもしれないからさ、マンションの住所聞いちゃったもん。ほら」
財布の中から奇麗な字の紙切れを出しながらうれしそうに、突き出した。
でも、俺の頭のなかには、ずっと、違うことが渦巻いていた・
< 今日は泊まって、明日一緒に帰ろうね・・って言った言葉だ。>
「ここだよね。スーパーきっと」
「あ、そうそう、ここだよ。で、何作るのよ?」
「あー 疑ってるでしょ、料理じょうずなんだって。まかせなさいよ」
「ま、腹いっぱいになりゃあ、それでいいです」
「こら!」
言いながら、膝下を蹴りやがる。
なんだか、想像はつきそうな食材だが、だまってよう!っと。
それより、どうしたら、いいんだろう、食べた後は・・
どうにもこうにも、違うことが頭の中を渦巻いていた。(もう、グルグル音まで聞こえそうだ)
両手にいっぱいのスーパーの袋を下げて、坂道を登る。
上りきったところがマンションだ。
オヤジの弟が(オジキだな)昔愛人を住まわせて、それで、逃げられたいわくつきの部屋。(貸すかな、普通甥っ子に・・)
「ねぇ、この辺なんでしょ」
「はぃ、目の前です」
「あちゃー高級に見えます」
「予備校通う、18歳には不似合いだろ」
エントランスを入ると、なぜか「フロント」があって、「お帰りなさい」とまで、言ってくれる。言われるたびに鼻がムズムズしてしまう。
「ねね、今の人、お帰りなさいって言ったよ。それで、ニコッと会釈までしたわよ」
「あ、誰にでもだから気にすんな」
エレベーターで7階に上がる。右に折れて、突き当りの部屋だ。
「こっちだってば。キョロキョロするなって」
「だってさ、こんなとこ初めて入るもん」
「さ、どうぞ、お入りください。」
早くしてくれないと、スーパーの袋で手が痛かった。
「おじゃましまーす」
誰もいない部屋に彼女の明るい声が響く。
腕時計は5時半を指していた。