恋の掟は夏の空
東京の夏-2
「ね、大盛りでしょ?」
「キャベツが大盛りですかね?これ?」
たしかに、トンカツはどう見ても、¥600なら、ばかでかいのは見ただけでわかるけど、それは、大盛りとは言わないだろうに。
「肉でっかいけど、大盛りって言わないぞ。これは」
「どうしてよ、大盛りじゃん。肉が大盛りなのよ。大盛りです」
頭はめっちゃ優秀なのに、なんか、おかしいことをたまに言う。
「頂きます。お母様」
あ、今日も言うか・・・
ちっちゃな頃から彼女はご飯を食べる前にこの言葉を必ず小さく口ずさむ。
「頂きます。母上様」
周りに聞こえないように小さく俺もつぶやく。
「あ、ちゃんと言える様になったんだね。かしこくなったね。あんたも」
「さ、食べようか?」
こいつは、体もでかいが、食うのも俺より、豪快じゃないかと思うぐらいだ。
「身長伸びたか、また?」
「この前測ったら、170cmちょうどあったのよ。どこまで、伸びることやら・・」
聞いたのはいいが、どう返事すりゃいいかわからない。
「劉は何cmある?」
「春、測ったときで、173cmあったな。それから、伸びてはいません」
「ふーん。昔はもっとでかかったのにね」
やっぱり、たまに、おかしなことを言う。
「昔は、もっと、小さかったんです」
「そんなことないよ、昔は、もっと、でっかっかたぞ、あんたは・・」
「そうかねー」
適当にあわせとこう、ここは。
普通の女のこなら、この量は残すかもしれないのに、食べ終わるのも俺と一緒だもんな。
「さすが、大盛り、食べ応えあり、だね。おいしかったぁ・・ね、お腹いっぱいになった?」
「さすが大盛り、お腹いっぱいの満足です」
「毎日食べに来ようか?」
「俺はいいけど、お前飽きない?それに、女の子は誰も食べてないけどここ。」
「平気、平気、明日はさ、あの特製メンチカツにします」
彼女の指先には壁に書かれた、手書きの品書きだ。それも赤字で、開店6周年、サービス価格\500だ。
「私はもう、授業ないからこれで帰るね、表参道、寄るけど」
「俺、この後、漢文あるから、それで帰るわ」
店を出て、俺は左、由紀子は駅に向かう。
「オヤジさんに、よろしく言ってくれるかな」
メシ代を払おうとしたら、父が毎日このお金で静劉君とお昼たべなさいってお小遣いくれたからいいんだよって、言われたからだ。
「直接いいなさいよ」
「それはカンベンしてください。俺、苦手なのよ、オヤジさんさ、めっちゃ固いんだもん話・・」
「勉強がんばってくださいね。たまには家に寄りなさい。この前北海道で撮った彗星の写真でも見にいらっしゃい・・なんていわれたら、息ができなくなっちゃうのよ」
「バッカじゃない。そんな事、言わないってば・・」
眼で、ぜったいそうなんですって、訴えても通じないか・
「明日も席取っといてあげるね。じゃあねー」
由紀子は背がいちだんと大きく見えそうな、長いスカートをたなびかせて小走りで歩いて行った。
さて、あとひとコマ、「漢文」か・・古文も苦手なら、こっちはもっと苦手だ。