恋の掟は夏の空
電話の向こう
とりあえずバカみたいに広い一人部屋のTVをNHKにあわせる。まだ、10時には時間がある。たぶんあと、8分ぐらいだな。
壁の時計も、腕時計も正確には時刻があっていないはずだ。NHKの番組にあわせるのが基本的に1番正確に近いだろう。
前に、早い分にはいいだろうと、電話を鳴らしたら怒られたことがあった。
それ以来、こんなことに気をつかうはめになろうとは。
「あと、1分・・・30秒・・・20秒・・・って待つのが楽しいんだから、ダメだよ、早いのは」
って確か、そんなことを言ってたな。
遅れた時は
「10秒・・・20秒・・・1分って、心が深ーく泣き出すのよ」
って、確か聞いたこともない、ちっちゃな声で言ってたな。
やべー、10時じゃん。
あわてて、電話番号を、まわす。
呼び鈴も鳴らない前に、直美はでる。
「今日も、こっちは音鳴ってないんだけど・・」
「うんと、何回も言うようだけど、音が鳴る前に クゥってチッチャク鳴るんだってば」
確かに何回も聞いた説明には違いない。で、受話器を握り締めて約束の時間の1分前から待ってるんだ、とも、言ってたな。
彼女の後ろからは、聞きなれたお母さんの声が聞こえる。なぜか、1度もあったことがないのに、気に入られてるらしい。俺のことは、父兄参観日で見たことはあるらしいのだが。
「で、・・」
って一言も言ってないのに、彼女は
「あのさ、日記私のところにあるんだよね。でさ、これって、いつもの夏休みや冬休みと一緒で、デートするまでは私が毎日書くんだよね?」
押し付けられて、書き出した交換日記のことだ。もう、1年にもなる。忘れたり、眠くて書かなかった時にも、
【 これってさ、書くことよりさ、毎日会って、手渡しする道具だから、いいんだよ、書かなくても・ 】
って言われたことあったなぁ
「そうじゃないか、そういうルールじゃん」
「昼間、渡すの忘れちゃった。自転車のカゴに入れてたのに」
「バカじゃねえの」
「かわいい、だけよ。わたしって」
あいもかわらず、明るいから笑える。そんなとこが惚れてる原因か。
「でさ、あさって、サンドイッチつくるから、それ持って、映画でも見ようか」
「あのう、前にいいましたけど、ちょうどあさっての3日から、東京行って予備校の夏期講習だってば」
「えー。それってもうか?」
「えー。そうです。」
ほんとうに忘れてるわけじゃないくせに・・
「じゃ、あした、デートしよ!」
「明日から、東京の兄ちゃんちに泊まりだってば・それも言ったぞ。おれ」
「えー。なんだよ、それ。直美はおいてきぼりですね」
自分で自分を、直美って呼ぶ時は、危険信号だ、なにか、たくらんでるに違いない。
「じゃあ、いいや、真野子と、行こうっと。お勉強しないで、東京で遊んで帰ってきたら、怒ります。」
「ま、10日に帰ってくるよ」
「じゃ、10日にデートね。その時までずっと、日記書いて待ってるわ」
「夕方にしか、帰ってこないから、駅で待ってなよ。そっちの駅まで乗り越すから」
「じゃ、時間決まった途中から電話ちょうだいね」
「うん」
「じゃ、勉強するから、切るね。おやすみなさい。」
「も、いいのか」
「うん、用事すんだし。おやすみなさい。私は勉強して1時に寝るから1時を、ちょっと過ぎたら寝てください。」
「過ぎね・・わかったわ。じゃあ、切るぞ本当に・」
「こっちが先よ」
そう言うと、いつもどおりに、さっさと、切りやがった。
こっちから先に切られるのは、深ーく心がさみしいらしい。
どれ、明日からの準備しようっと、忘れてた。明日は10時の電車にのらなきゃ。