恋の掟は夏の空
二人っきりの部屋−3
持ってきたバッグには、予備校のテキストや集めた大学の資料はとても入りそうもないようだ。にーちゃんのバッグを使うと後でうるさそうだから、買い物袋をを探していた。洋服屋のらしい手提げ袋があったからそれでいいか。
「ねー」
風呂場のドアを開ける音と一緒に直美の大きな声が聞こえてくる。
「バッグの中に、シャンプーとか、入ってる透明のポーチとってぇ」
「そこの使ってもいいよー」
「やだー、ここにあるのはシーブリーズのメンソールシャンプーなんだってばぁあ。いいから早く取ってぇえ」
気持ちいいのにスースーしてと思ったけど、ま、女のこは使わないだろうなぁって思ってた。
直美のカバンを開けて、他のものにはあんまり触らないようにして、それらしい透明のポーチを見つけ出した。
なんか、ちっこいのが色々入ってそうだけどあんまり見てもいけないと思ってやめといた。
「あったよー」
「持ってきてよー」
持っていくのはいいけど、見えちゃうと思うんだけど。歩きながら考えていた。でも、バカな考えだったらしい。
「ドアの前に置いてねぇ」
って声が扉の向こうで聞こえただけだったから。
でも、ほんのり、直美のシルエットが見えていた。
「あー、のぞいてるでしょ!」
わざと足音を立てながら戻ることにした。
背中越しにドアの開く音が聞こえている。
こんなとき、普通の行動ってなんだろう・・って考えながら、ま、TVでも見てるのが自然なんだろうなぁ・・って考えていた。
TVをつけると、11時になっていることに気がついた。
今日1日を考えていた。
由紀子のことをもちろん考えていた。
自分のことも考えていた。
直美のことも考えていた。
でも、今、ここに、こうしている以上はもう、由紀子の事は考えちゃいけないと思っていた。それは間違っているよと誰かは言うのかもしれなかった。でも、それはそれでいいと思った。
ここに直美と二人っきりでいる事は、そういうことだと思った。
由紀子が目の前で泣いていても、直美を抱きしめたんだと自分に言い聞かせていた。
「ねぇ」
いきなり肩をたたかれた。
「わー、びっくりしたぁあ。なんだよぉお」
言いながら振り返るとバスタオルだけで、立っている直美が笑っている。
「わー、じゃなくて、着替えるからあっちの部屋いっててよー」
ほんのりピンクの直美の顔だった。
「あ、じゃ、このまま、フロいくってば、俺」
「それでもいいよ」
俺はあわてて、風呂場に逃げていた。
濡れ髪の直美は今まで見た直美じゃなかった。
フロのドアをあけると、甘い香りがひろがっている。
シャンプーの香りに決まってるけど、なんか、気絶しそうだった。
いきなり頭にお湯をかけていた。