恋の掟は夏の空
二人っきりの部屋−2
「電話なってるよ」
「誰だろう、ここ、全然電話ならないんだよねー。初めてかも、ここに来て」
ベッドから、起き上がってあわてて隣の部屋の電話にでた。
本当にだれなんだろうって、思っていた。にーちゃんの知り合いだったら、なんて言えばいいんだろう。
「もしもし」
早口の、聞きなれたような、初めてのような女の人の声が聞こえてくる。
「あ、はぃ、柏倉です」
けっこう早口で答えた。
「あ、劉ちゃんよね。」
「あ、はぃ、そうです。」
わーって思った。たぶん当たっている。
「直美の母ですが・・」
当たった。直美との電話の後ろでよく聞こえてくる声だった。
「は、はぃ。柏倉 静劉です。はじめまして、こんばんわ」
落ち着くので精一杯で、混乱していた。
「やだー。わかってるわよ。直美おじゃましてるんでしょ。ごめんなさいね。予備校かよってるのにねぇ。勉強のじゃまよねぇ」
「いえ。今日で予備校は終わりましたから、平気です。」
ちょっと、滑らかに口が動いてきたような気がする。
「あー、おかーさんでしょ?電話?」
いつのまにか、後ろで直美が立っていた。
受話器をふさいで、頭をウンウンって動かしていた。
「あら、そうなの」
ってかすかに声が聞こえている。
「えっと、あのう、代わりますか?直美さんと?」
「あら、いいのよ、ご迷惑をおかけしてないかと、思って電話したんだから。直美には用事はないのよ」
「いや、でも、代わりますね」
背中に汗が流れていくのがわかった。
受話器を、後ろで面白そうに会話を聞いていた直美に無理やり押し付ける。
「もう、おかーさんたら」
「だいじょうぶだって」
「うん」
「さっき、おにーちゃん、来たから、話は聞いたってば」
「やだー」
「それより、おにーちゃん、奇麗な女の人と一緒だったよ」
「そうそう」
「明日はお昼ごろに帰るってば」
「えー」
「劉が、さっき、変ってないか?私の家?って聞いたんだから・・」
「はぃはぃ。じゃーねー」
「え?代わるの?ダメって手振ってるけど・・」
俺はあわてて、電話を代わった。隣で直美はケラケラ笑っている。
「は、はぃ。代わりました」
「キスしちゃったんだって?もう?」
「え?は、はぃ」
「やだー正直ね、劉ちゃん。あのね、初めて言うけどね、昔中学の時に
学校行事で劉ちゃん、直美の中学に来たでしょ?たしか、生徒会の交流発表会だったかしら、私PTAの役員だったから、そこにいたのよ。でね、直美もいたんだけど、覚えてないんでしょ?」
「それは、たしか、前に直美さんに聞いたことあるんですが、覚えてないんです、すいません」
「あら、いいのよ。でね、そこで、二人でね、劉ちゃん、かっこいねーって言ってたのよ。直美と私で狙ってたのよ、その時から」
「いやーあのー」
返事に困る話だった。
「でさ、高校の入学式から帰ってきて、いたわよーあの人”!って言ったのよ直美ったら。」
「あ、初めてききました。それは。」
顔をくっつけて、直美も話を聞きだしていた。
聞こえるんだろうか?聞こえるだろうなーおっきな声だもんなー
「おかーさん、しゃべりすぎー」
受話器を横取りしていた。
受話器を返されて、押し付けられて、聞こえるのは
「本当のことだからしょうがないじゃない、直美」
って声だった。
「えっと、はぃ」
「やだー。えっとだからね、なんだったっけ?話?ま、いいや、だから、仲良くしてやってね。元気だけがとりえな子だけど」
「はぃ。こちらこそ、いつも夜に電話してすいません」
「あの子が電話しろ”!って言ってるのは知ってるから・・こっちこそごめんなさいね」
「あ、はぃ」
「じゃーあんまり遅くまで起きてないで寝ちゃっていいからね・・直美につきあって夜遅くまで、無理して起きてなくていいからね、劉ちゃん」
「はぃ。もう、フロ入って寝ますから・・」
「やだー劉ちゃん。」
「あ、あ、すいません、ちゃんと別に入りますから、狭いですから、一緒には入れませんから・・・」
なんか、余計にヘンなことを言っていた。
「あら、一緒でもいいわよ」
笑い声と一緒だった
「もうーおかーさんたら」
また、受話器をとられていた。
「はぃはぃ。もうわかったから、いいから」
「うん。明日はお昼ごろに帰るって」
「もーきるよ。劉が呆れて笑ってるってば・・」
笑うどころか、汗びっしょりで、クーラーのまん前に立っていた。
「じゃーね。きるよ、お休み」
直美はこっちを向いて舌をだしながら、電話を切った。
「ごめんねー劉。やっぱり、おかーさんはちょっと変わってるかも・・私の家・・・」
俺はクーラーの前に立って笑い転げている。
おかしいのと、電話が終わって力が抜けていた。
「劉、なんか、クーラー効かないよねー暑い・・」
二人でクーラーに向かって横並びに立ってなぜか汗をかいていた。
「あー、お湯のあふれる音・・」
直美があわてて、風呂場に走っていく。
「わー」
風呂場であわてて、蛇口を閉めているようだった。
「入ろうよー」
エコーが効いた直美の声が聞こえてくる。
「先にそのまま、入っちゃえば?」
「やだー後から入ってくるでしょ?」
「いいから、先に入っちゃえってば。俺荷物ちょっとまとめるから」
まじで、荷物まとめないと、明日帰れなくなりそうだった。
「じゃー、先にはいっちゃうねー」
エコーの効いたいつもの元気な直美の声だった。
俺はエアコンの風量のスイイッチを最強にして、風を浴びていた。
風呂場の中から、お湯のあふれる音が聞こえてきていた。
汗は止まりそうにないらしい。