恋の掟は夏の空
長い夜−3
動けなかった。
追いかけちゃいけない。そう思う。
向かい合わずに逃げてきた罰だった。俺も由紀子も・・
きっとそうだった。
遠くに遠くにそれはするりと、夏風に乗って逃げていった。
でも、それが、いつか来ることは彼女も俺も知っていたことだったに違いない。
なぜか、ほっとしていた。ほんとうに、ほっとしていた。
彼女もきっと、ほっとしてるんだろうか・・
来る日が突然やって来て、今日、それは終わったと思えた。
俺は、ちゃんと歩き出した、長い長い上り坂を。
直美の所に帰ろう。、
「今度は逃げ出しちゃいけないんだ」
アスファルトに向かってつぶやきながら、足元を見る。
うつむかないうように、うつむかないように、
「おーい。劉ぅー、早く帰ってきてぇー」
大きな、大きな声だった
見上げると直美が20m先のマンションのベランダから、体を乗りだして俺を見ている。
「はやくってばー」
俺は走りだす。マンションの下までとたどりつくと、
「早くしないと、私も帰っちゃうぞー」
マンションのエントランスの真上の部屋のベランダからこっちを見ている。
立ち止まって直美の顔を見ながら
「待ってろ、いま、いくから」
マンションのフロントマンが声を聞いて何事かと外に出てきて隣に立っている。
「うるさくして、ごめんなさい」
頭を下げた
「いいえ、どうぞ、お早くお帰りください」
軽く会釈をしてくれた。
エレベーターに乗り込む
7階まではすごーく長い。呆れるほどに。
玄関を開けて、体をだして、靴下のままの直美がいる。
「ごめん。遅かったね」
「うん。帰ってこないかと思った」
「帰ってきたよ、ちゃんと」
「うん。うれしいよ。劉」
玄関の前で直美の体を抱きしめた。彼女はもっと、もっと、と言いたげに俺の背中を抱きしめていた。
「ごめんね、私、全部ベランダから見てた、劉のこと。見ちゃいけないと思ったんだけど、我慢できなかった」
小さな声で耳元に届く。
忘れていた、マンションは高台で、この部屋のベランダからあの公園やその先までも全部見渡せることを・・
「でも、直美のところに帰ってきたね、劉」
僕は体を離して、両肩に手を置いて、
「ちゃんと言うね、小さい頃から、ずっと由紀子のことは好きだったんだと思う。でも、高校にあがって直美に会ってからは、ずっと直美が好きになってる。いつか由紀子とはちゃんとしなきゃいけなかった。それが今日だったんだと思う。それに・・」
直美の右手の手のひらが俺の口元をふさいだ。
「それ以上は言わないで・・劉・・」
「ねぇ、私とも腕組んで歩いてよ。」
言いながら腕をとられた。
「歩くって言っても、どこを・・」
「公園まで、そして、ずっと、ずっともっと遠く」
「いいよ、散歩しようか?ずっと、ずっと。でも、直美、その前に靴履いてね」
足元を見て笑ってる大好きな直美がいる。
「さっき、追いかけて出て行った劉は大嫌いだったけど、振り返って走りながら目の前にいる劉は大好きだよ」
恥ずかしそうに、お気に入りのアディダスのバスケットシューズを履いている。
鍵をかけて、エレベーターで下に下りた。
フロントマンはいつもより、すこし大きく微笑んで軽く会釈をしながら
「いってらっしゃいませ」
と、冷静な声をかけてくる。
「お散歩いってきますね。さっきは大きな声ですいませんでした。ごめんなさい。」
「いいえ、いってらっしゃいませ」
声を後ろに聞きながら俺と直美はしっかり腕を絡めていた。
額に汗した直美はとても素敵に見えた。
「公園でキスもしようね、劉。」
耳元でささやかれた。
おかえしに、おでこを指でたたいた。直美はだまって組んだ腕に力を入れる。
夜風がとても気持ちよかった。