恋の掟は夏の空
長い夜
「へーそう。」
皿を洗いながら、由紀子は後姿で答えた。
「私も、手伝います」
あわてて、直美が返事をすると、さえぎるように
「終わったら、帰るね。邪魔しちゃ悪いから・・」
「え、なんで、まだ、いりゃいいじゃん」
直美はだまって俺の顔を見ていた。なにか言いたそうな顔だった。
「こんなもんでいいかな・・。あとは、直美がやっといてね。劉のおにーちゃん、神経質だから、お皿とか、たぶん、どっかに片付けないと怒られるよ、きっっと」
「はぃ。あとはやっておきます」
「うん。じゃ、帰るわ」
振り返る由紀子は、俺の顔を見ようとはしなかった。
「まだ、いいじゃん。10時ごろ帰れば・・」
「帰るよ、お邪魔しました」
さっきまでのいつもの由紀子は、どこにもいなかった。
もう、玄関に歩きだしている。
「ちょっと、駅まで送っていくわ」
「わたしも、一緒にいく」
直美も立ち上がっていた。
「あ、ここにいて。送ってくるから。すぐもどるから」
由紀子はもう、玄関のドアを開けながら
「じゃ、直美、またね」
俺は、追いかけていた。いつもの由紀子じゃない由紀子を。
「いいのに・・送らなくっても。」
エレベーターの前で下を向きながら、初めて聞くような小さな声だった。
「いきなり、帰るとか、言うなよ」
「バカじゃないもん、私だって」
エレベーターのドアが開いた。
「あ、ここでいいよ」
一緒に入ろうとした俺の胸は力強い由紀子の手で押さえられた。
だまって、俺は一緒に中に乗り込んだ。
黙り込んだ由紀子の瞳は涙で光っていた。
「劉、だっこして・・」
俺は初めて、由紀子を抱きしめた。どうしてそんなことをしたのか、わからなかった。
エレベーターが1階に着いても、ずっと、抱きしめていた。
俺のしらない由紀子だった。