恋するワルキューレ ~ロードバイクレディのラブロマンス
この様に集団から脱落してしまった選手が、車にサポートしてもらい集団に復帰するというのはレースでよく見られるシーンだ。もちろんこんな露骨に車に掴って走っては失格とされてしまうが、これは別にレースではないし誰も咎める者はいない。自分でペダルを漕がずに、風を受ける快感を味わえるなら、自転車乗りとしては是が非でもお願いしてしまうものだろう。
「ヒュー! 楽で、速くて、気持ちいい! 最高だね!」
スピードも時速50キロは出ている。さすがにロードバイクと言えど、簡単に出せるスピードではない。タカシもご満悦の様子だ。
裕美達はすぐに集団に追い付いた。
「さっ、タカシさん。もう皆に追い付いたんだから、車から離れてよね」
「いやー、もちょっと裕美ちゃんと一緒に居たいなあ。そうそう、指輪のサイズを教えてよ。さっき聞いたのに教えてくれないし。なんなら指輪じゃなくて、服のサイズでも良いよ。靴はさすがに、履いてみないと分からないからプレゼントできないしねえ」
「もう、いい加減にしなさい!」
バシッ!
裕美はウィンドウに添えられたタカシの手を、思いっきり叩いた。
「痛え! 裕美ちゃん、美穂さんみたいなことしないでよ!」
「タカシさんが、下らない事ばっかり言ってるからよ! もう相手してられないわ。じゃあね!」
タカシが車から手を離した隙に、裕美はアクセルを踏んでルーテシアのスピードを上げた。早く逃げないければ、また何をされるか分かったものではない。
「アア、待ってよ! 裕美ちゃん!」
タカシが声を上げるが、裕美は相手をしない。
しかし危険なのはタカシだけではない。他のワルキューレのメンバーも同様だ。裕美は美穂の傍を走り身の安全を確保することにした。
「裕美! どうした? タカシを捨てて来たんかい?」
「もう、美穂姉えまで、そんなこと言うのは止めて! だって、あの人達が何してくるか分からないんだもん!」
「ハハハ、かも知れんな。わたしが目を離したら何をするか分からんからな。ホント子供みたいに手がかかわるわあ」
「もうちょっと可愛ければ、相手してあげても良いけれどね」
「ハハハ、そりゃ無理やなあ。まあこれ以上絡まれてもしゃあないし、ちょっとスピードを上げて先行して走ってエエよ。そうやな、あと5キロ、10キロぐらいスピードを上げて前を走ってくれるか? わたしらが後を追いかけるわ」
「ええ? まだスピードを上げて走れるの?」
「ああ、車の後ろを走ってスリップ・ストリームに入るからな。わたしらを引っ張ってくれるかい?」
「分かったわ」
裕美はアクセルを踏んでスピードを上げた。
美穂達を引き離したかに見えたが、車の後ろを美穂達がすかさず追い駆けてきた。バックミラーで見ると、ワルキューレのメンバー達はルーテシアと一定の車間距離を確保しながら、"ローテーション"で先頭を交代しつつ、しっかりと付いて来ている。
「スゴイ、本当に車と同じスピードで走っているわ!」
カーナビのデジタルメーターで確認するとスピードは45キロも出ていた。さっき美穂達と走った時よりも確実にスピードが出ている。車が前を走り、風を遮る盾になることで、ロードバイクへの風の抵抗が軽減されているのだろう。しかし車のスピードに付いて来るだけでも驚かざるを得ない。時には50キロ近くまでスピードを上げてきているのだ。
しかしナビの案内では、集合場所の道の駅までまだ1時間以上かかる。何時までこのスピードで走り続けるのだろう?
美穂姉え達も疲れちゃうんじゃないかしら?
そんなことを考えもしたが、一向にスピードが落ちる気配もない。
「もしかして、このペースでずっと走り続けるの?」
裕美は、まさか!?と思った。
***
車の裕美と自転車の美穂達は同時に休憩地点の道の駅に着いた。
結局彼女らは、そのまさかの通り、平均時速40キロで1時間以上を走り続けたのだった。
裕美の運転するルーテシアが風除けの役目を果たしたとは言え、また競技用の自転車に乗っているからと言って、人力で走ることに変わりはないのだ。ママチャリ程度しか知らない裕美にとっては、車と自転車が同じスピードで1時間以上走り続けたのだから驚く他はない。
裕美は車を降りると、興奮しながら美穂達のもとへ駆け寄った。
「美穂姉え、皆もスゴイわ! 自転車であんなスピードで走れるなんて思わなかった!」
「いやー、ありがとう、裕美ちゃん」
「ハハハ、俺達にとっては、あれ位、楽なもんだよ。何なら次は時速50キロで走ってみせるからさ!」
「まあ調度良いウォーミングアップになったかな? レースなんかじゃもっと走るからさあ」
「えっ、本当なの!?」
裕美は信じられないという面持ちで目を丸くした。もちろん彼らが女の子に、エエ格好したところを見せようとハッタリをかましただけなのだが、さっきまでの彼らの走りを見た後だけに、裕美も本気にしてしまった。
「コラッ、お前ら! 裕美が何も知らんからって、ウソは付くもんやないで。そんなこと言うと、次は本当に50キロまでスピードを上げさせたるよ!」
「うっ!? 美穂さん、それは絶対無理、勘弁して!」
「マジであのスピードは、キツかったからさあ......」
「そうそう、車が風除けになってたから、あのスピードで走れたんで......」
美穂の少し嫌みの効いたセリフを聞いて、チームの男の人達は急に愁傷な態度を採り始めた。軽口を叩いていたものの、実際は相当にハードな走りだった様で、皆相当の汗をかいている様子だし、中にはまだ深呼吸をして息を整えている人もいる。
それでも裕美にとって、彼らの走りは十分に驚くべきものだったし、苦しさに耐えながらも必死に走る姿を見ては、彼らへの見方も変わらざるを得ない。
フーン、ただの軽い人達って訳じゃなかったのね......。
「まあ、エエか。お前らも良く走ったからな。今日のところは許してやるさかい。あんまり裕美をからかうんやないよ。裕美もコイツらの言っていること本気にしたらアカンからね」
「うん、そうなんだけど、本当にみんな速かったから、本気にしちゃって」
「まあ、こいつらも一応実業団クラスの連中やからな。あれ位当然や」
「実業団? それじゃ皆さん、プロの選手なんですか?」
「いや、裕美ちゃん! 違うって、実業団って言っても、別にプロなんかじゃないから!」
「そうそう! 俺なんかもサラリーマンだし」
「実業団なんて大層な言い方だけど、まあアマチュアでもちょっと上のカテゴリーに入るって位かな? そりゃ本物のプロなんかもっと速いよ。実際、美穂さんには全然敵わないしね」
「それじゃあ、美穂姉えは本物のプロ選手なんだ?」
「まあ、一応なあ。幾ら連中が男とは言え、アマチュアに負ける訳にはいかんわ」
「プロなんてスゴイ、美穂姉え! ほんとカッコ良かったわあ。男の人達より全然速いんだもん。本当に驚いたのよ!」
「裕美ちゃん、美穂姉えは全日本女子選手のチャンピオンなんだよ。只のプロじゃないんだぜ」
「えー! チャンピオン!? しかも全日本のって!」
流石に"チャンピオン"と聞いては、裕美も二度驚かざるを得ない。
道理で凄いはずだわ!
作品名:恋するワルキューレ ~ロードバイクレディのラブロマンス 作家名:ツクイ