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恋するワルキューレ ~ロードバイクレディのラブロマンス

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 そうだ。彼らに増して凄いのは、やはり美穂だ。
 体力的に劣るはずの女性が、男性を凌ぐ走りを見せ、この一筋縄ではいかない狼のような男達を見事に御しているのだ。裕美にはプロと実業団の実力差がどれくらいのものか分からないが、それでも彼らとは全くレベルが違うことは間違いない。
 美穂もまだ余力を残しているのだろう。汗をかき水分を補給はしているものの、長い髪はサラサラのままだし、向日葵の様に背筋をピンと伸ばし立つ姿からも、まだまだ余裕があることが見て取れる。
 成る程。だからあの店長さんも子供扱いできたのね。男の人達にも負けない訳だわ!
裕美もついつい納得してしまった。
「まあ、そんな大したことあらへんよ。日本じゃ女性レーサーが少ないからな。メジャーな海外のレースなんかじゃ、わたしなんかまだまだよ」
「そんなことないわよ! あのタカシさんだって、子供扱いだったじゃない。すごい素敵だったわ!」
 美穂は思わず苦笑した。
「タカシ程度と比べられても参ってしまうわ。アイツも女の尻を追っかける時は速いんやけど、それ以外の時は全くヘタレな男やからなあ」
「ちょっと、美穂さん! 俺だってあれだけ先頭を引いたじゃないですか!?」
「そんなら次の峠で男らしいところを見せてもらおうやないか。しばらくアンタと一緒に走ったるからな。チンタラ走ってたら、またその余分な腹の贅肉を抓ってたるで!」
「キャー、わたしも美穂姉えのお仕置きが見たい、見たい! 美穂姉え、凄いわ! タカシさんみたいな人を本当にやっつけちゃうんだから! 」
 裕美も思わず叫んでしたった。屈強な体育会系の男達を尻に敷く美穂に、女なら誰でも憧れ、そして尊敬の念を抱くだろう。しかも明るく嫌味のない口調で、半ば男達を喜ばせながら苛めてしまうのだから、感嘆する他ない。
 裕美もタカシの顔を見てみるが、間違いない。タカシも許しを請う表情を見せながらも、その声はどこか楽しそうだ。
 ワルキューレのメンバー達は、この体育会系的な"苛め"が好きなのだろう。きっと苛める方も、苛められる方も。
 もちろん"苛める"と言っても、それは彼らを"鍛える"ことに他ならない。そんな自分達を鍛え強くしてくれる相手が全日本チャンピオンの美人レーサーなら尚更だ。皆喜んで勝利の女神の命令に服従するだろう。
 そして美穂も叩く鞭に容赦はない。
「そうか、そうか。裕美もそんなに見てみたいか? ならタカシにたっぷりサービスしてやらんとなあ。タカシ! 楽しみにしとくんやで」
「ああぁぁ! 裕美ちゃん、何で余計なこと言うんだよ! そんな可愛い顔して"S"なの? もっとウブな子だと思ってたのにぃぃ!」
「いいえ。わたしはそういった変な趣味はありません」
ピシャリと、言い放つ裕美。
「でもタカシさんが苛められちゃうなら話は別よ。さっきはわたしの手を握ってイヤらしい! ちょっとお灸をすえてもらいなさい!」
「ああぁぁ、裕美ちゃん! 坂で美穂さんに鞭入れられたら、馬車馬だって倒れちまうよ。勘弁してぇ!」
 ワッハハハ......。
 チームのみんなが大笑いする。もちろん裕美もだ。それ程、泣きが入ったタカシの笑い顔は面白かった。
「ハイハイ、あんたらも笑っとる場合やないよ。次の坂で手を抜いてたら、どんどんお仕置きしてやるからな。女の子に情けない姿を見られたくなかったら、気合い入れるやで!」
 了解っス!
 ウィ―ッす!
「さあ、裕美! そろそろ行くから準備してな」
「行くって、美穂姉え? 次はどこへ行くの?」
「ああ、次はあの山を越えるんや」
 美穂は山を軽く親指で指し示した。
 裕美は美穂の示す山を見た。そして山の遥か上の頂上を見上げた。
「ええ!? あの山を越えるの?」
「ああ、そうや。県境の峠を越えて山梨に入るからな。それですぐ山中湖に到着や」
 美穂は顔色一つ変えず、さも当たり前の様に答えた。しかし裕美が知る限り、この先は山伏峠といった武蔵野多摩の山々が待ち構えている。
 裕美もこれらの峠をルーテシアで走ったことはある。でもこんな坂道を自転車で登るなんて信じられない。実際、車でも"軽自動車"では、スピードが落ちてしまい、後続の車両からクラクションを鳴らされてしまう程の峠道だ。
 エンジンも無い自転車で走るの?
「何しとんのや、裕美! 速く行くよ!」
 裕美が一瞬迷っている合間に、美穂やワルキューレの人達は既に出発の準備を整えていた。
「あっと、ごめんなさい、美穂姉え! すぐ用意するから!」
 裕美も急いでルーテシアに駆け込みスターターを回した。
 ギュルルン、ブオン、ブオン!
「よおし! 行くよ!」
 美穂が右手を振り上げ走り出すと、彼女を先頭にロードバイクの集団が再び走り始めた。
裕美はナビで進行方向と目的地と確認し、そして車のサンバイザー越しに空を見た。太陽が眩しい。
 裕美が見た先は、そして彼らが向かう先は......、
 雲一つない青い空と、奥多摩の新緑の山との境界線。
 山伏峠の山頂だった。

***

 道の駅から車を走らせて3分も走っていない。しかし裕美は今までとは全く状況が変わっていることを認識させられた。
 さっきまでワルキューレのメンバー達は、それこそ車の法定速度以上のスピードで走っていた。実際、裕美もロードバイクと同じスピードで並走している時は、ブレーキを踏む事もなくリズミカルにアクセルを吹かし、愛車ルーテシアを軽快に走らせていたのだ。
 それが道の駅を出て、山の麓の緩やかな坂を登るようになると、途端に彼らのスピードが落ちてしまった。時速は30キロに到底満たず、先程までの疾風の様な姿はどこかへ消え失せてしまったのだ。
 裕美は他の車の走行の邪魔にならないよう、バックミラーをちらちらと見ながら後方を確認しなくてはならなかった。
 もちろん彼らの表情を見れば、決して手を抜いていないことが分かる。汗も大量に流れ出し、むしろ今までよりも辛そうに見える位だ。
 それに様子が違うのは、スピードだけではない。平地ではチーム全員が一列に縦隊を組み、まるで連結された列車の様に走っていたのだ。なのに今ではチームのメンバーは個々にバラけてしまい、先程までの"チームプレイ"も欠片もなくなってしまっている。
 確かに坂を登ることは平地より当然キツイであろう。そんなことはロードバイクの素人である裕美にだって分かる。しかし平地と坂でこれ程まで走るスピードが違うとは知らなかったし、彼らの颯爽とした姿もここまで変わるとは思ってもみなかった。
 裕美はタカシを見つけた。メンバーの中でも遅れて後ろの方で走っているようだ。
「タカシさん、どうしたのよ? 全然スピードが出てないじゃない! さっきまでの勢いはどうしたのよ?」
「ハア、ハア......。裕美ちゃん、ゴメン! 流石に坂はキツくてね」
「もう! 情けないこと言わないで、頑張ってよ!」
「ハア、ハア。ありがとう。女の子に応援して貰えると、やっぱ嬉しいねえ」
「今度はセクハラも出来ないみたいだから、ちゃんと応援してあげるわ!」
「ハハハ......。流石にこの状態じゃあ、裕美ちゃんの手を握るのは無理だね」