恋するワルキューレ ~ロードバイクレディのラブロマンス
彼は手を離すと同時に、裕美はアクセルを踏んで、先頭を走る美穂の隣りを並走することにした。このまま彼らと一緒に走っていては、また次から次へとナンパされてしまうし、相手をすればまたアレコレと手段を変えて、裕美をからかってくることは間違いない。
ちょっと美穂姉えにお説教してもらおう!
「美穂姉え、ちょっと助けて! あの人達こんな所でナンパしてくるのよ。そうゆうことを止めさせてよー!」
「アハハハ、こんな所でもナンパかいな。あいつらもホントしょうもないなあ。でもどうや、裕美? あいつらの中で良さそうなのはおらんか?」
「ええー! 美穂姉えまでそんなこと言うの? やあよ、あんな軽い人達!」
「アハハハ、そりゃ残念やなあ。でも分かったわ。ちょっとお仕置きしてやるから堪忍してやってな」
そう言って美穂は後方へ下がり、メンバーに声をかけた。
「こらー、タカシ! 裕美を口説こうとしてたのは、お前やろ!」
「えー、美穂さん! なんで俺って決め付けるんですか? みんな声を掛けてましたよー」
彼がうそぶいて美穂の尋問から逃れようとするが、他のメンバーから容赦のない追い打ちかかる。
「タカシ―! お前大ウソ付くんじゃねーよ!」
「そうだ! 一発、殴らせろ!」
「美穂さーん、タカシの奴、裕美ちゃんの手を繋いで離さなかったんだよ。ちょっとやり過ぎ。たっぷり絞ってやってよ」
「タカシ! やっぱりそうやないか! あんた余裕がありそうやな。ちょっと先頭を引いてや」
「えー! 美穂さん、ちょっと勘弁してよー! 昨日、ちょっと酒を飲み過ぎちゃって......」
「おーおー。それならアルコールを抜くのに、調度エエやないか? グダグダ言わんと、タカシ! さっさと前を引きな!」
バシッ!
そう言うと、美穂はタカシのお尻を思いっ切り引っ叩いた。
「痛え! 美穂さん、ケツを叩かないで下さいよ!」
ロードバイクの乗車姿勢は、頭を下げてお尻を突き出すような前傾姿勢を採るので、ちょうど叩き易い位置にお尻がある。
とはいえ、そんな子供を叱るような美穂の仕打ちに、裕美も口元が緩んでしまう。裕美も溜飲が下がるというものだ。
「だったら、サッサと先頭まで上がって前を引きな。余計なことを言うと、もっと痛い目に会わせるよ」
「そうよ、美穂姉え! そんな人、たっぷりお仕置きしてあげて!」
「だから美穂さん、俺、筋肉痛が酷くて......。イヤ、昨日練習しすぎたからさあ......」
そんなタカシの言い訳を聞くと、彼のお腹へ手を伸ばして......
思いっきり抓った。
「ウワァー、アアー! イテー、美穂さん、マジイテー! 勘弁して!」
相当痛かったのだろう。良い歳をした大人が我慢できずに悲鳴を上げている。
もう、良い気味なんだから!
でも、本当に痛そう......。ちょっと可哀想かしら?
裕美も流石に可哀想な気もしてくるが、美穂は何の躊躇いもなくお仕置きをしてくる。相当にSっ気が強いようだ。
「ホラ、タカシ! 言う事を聞いて、さっさと先頭を引きな!」
「分かりました。引きます! 引きますってば!」
そう言うとタカシはスピードを徐々に上げて、集団の先頭を走り始めた。続けて美穂もスピードを上げタカシに並走する形で先頭を走る。
「ホラ、タカシ! もっとスピードを上げて! わたしが良いって言うまで先頭は交代させへんからな!」
「そんな美穂さん、もう一杯、一杯だって!」
「そーかー、ならこのペースで5分は走ってもらおうか。良いトレーニングでなるでえ」
「鬼! オニー!」
「何言っとんのや。こんな綺麗な鬼がいる訳ないやろ?」
「悪魔だー! 魔女だー! サド女!」
「エエよ、エエよ。せいぜい今の内に言っておくんやな。すぐに声も出せんようになるわ!」
ハア、ハア、ハア......。
その美穂の言葉通り、タカシから減らず口がアッと言う間に消えてしまった。彼はゼイゼイ言いながら、本当に苦しそうな表情でペダルを回している。美穂に文句の一つでも言いたいだろうが、そんな余計な一言もよりも、少しでも多く呼吸をする事の方が格段に重要だ。肺に取り込む酸素が少なければ、ますます苦痛に顔を歪ませることになるからだ。
「タカシ、もう少しや! 頑張れ、タカシ!」
「タカシー! 頑張れ―!」
「踏め! 踏めー!」
美穂だけではない。他のメンバーからも先頭を走るタカシへ声援が飛んだ。
ハア、ハア、ハア......。
タカシの呼吸が荒くなる。もう限界が近い証拠だ。
「美穂さん、もうダメ......」
バシッ!
美穂はタカシのお尻をまた叩いた。まるで馬に鞭を入れる騎手の様だ。
「何言っとるんや! 男ならカッコエエとこ見せんかい! 裕美だって見とるで!」
「そうよ! タカシさん、頑張って!」
「ハア、ハア、ありがとう、裕美ちゃん......」
苦しさに顔を歪めながらも、タカシはしっかり裕美の声に反応した。
ウリャー!
そんな掛け声をかけると、タカシは最後の力を振り絞ってペダルを回した。しかし本当に最後の力だったのだろう。その時間は30秒も続かなかった。
ゲホッ、ゲホッ!
タカシは少し咳き込むと、ススーっと後ろに下がって行った。体力が完全に尽きてしまったようだ。
ハア、ハア、ハア......。
下を向いたまま、ゼイゼイと息を吐くだけで、全く何も出来ない。まるでエンジンが壊れた飛行機の様に何も出来ず、そして音も無くただ静かに墜落して行くだけだった。
それでも美穂やワルキューレのメンバー達は、タカシの健闘を称えた。
「タカシ、よう頑張ったで! ええ根性や!」
「タカシ、お疲れ! よくやったじゃん!」
裕美もルーテシアの速度を緩め、タカシがいる最後尾まで下がり声をかけた。
「タカシさん! エライじゃない! 本当に頑張ってたのね!」
「ハア、ハア......。ありがとう、裕美ちゃん。そりゃ、俺だってやる時はやるよ」
「そうね。ちょっと見直したわ。褒めてあげる!」
「サンキュー! ちょっと車に掴らせてくんない。マジ、しんどくて・・・」
ハア、フウ・・・。ハア、フウ・・・。
タカシはルーテシアのウィンドウに手を掛け、車で引っ張ってもらった。ペダルを回すのを止めて、息を深く吸い込み呼吸を整えている。先程の"もがき"で失った体力を回復させようとしているのだ。
「裕美ちゃん、ありがとね。ちょっと悪いんだけど、車で皆の所まで引っ張ってくれない? さすがに連中に追い付く体力まではないからさ」
「仕方ないわね。分かったわ、ちゃんと掴っていてね」
「オーケー!」
裕美はスピードを上げ過ぎないように少しずつアクセルを踏み、タカシを自転車ごと引っ張った。彼もこういった車に引っ張ってもらう行為は慣れているのか、危なげなく車に掴まり自転車を走らせている。
作品名:恋するワルキューレ ~ロードバイクレディのラブロマンス 作家名:ツクイ