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恋するワルキューレ ~ロードバイクレディのラブロマンス

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 フランス人はその上品なイメージと裏腹に、実はラテン気質でハイウェイでもスピードをガンカン出してくる。そんな土地で育った裕美もスピードを出すことは嫌いではない。アクセルを踏み、コーナーを二つほど抜けた時、流石に自転車の集団に追い付いた。
 裕美はアクセルを緩め彼らと並走したが、メーターを見て驚いた。
 えー、40キロ!? 自転車ってこんなスピードで走れるの? 店長さんの言っていた通りだけど、信じられない!
 車のスピード・メーターだけでなく、ナビの速度表示も確認してみるが、やはり間違いない。自転車がクルマと同じ速さで走っている。ほんの一瞬の間だけ、40キロで走っている訳ではない。
 平均速度で40キロなのだ。
 裕美の『ルーテシア』は並行輸入使用の左ハンドル車なので、走行中の自転車に近くまで寄せて声をかけることができる。裕美は、プワッ、プワッ、と軽くクラクションを鳴らし、ウィンドウを下げ先頭の美穂に声をかけた。
「美穂姉え! どうしてこんなに速く走れるの? 信じられない!」
「おっと、裕美! 初めてやとビックリするやろ? ロードバイクって結構スピード出るんやで」
「ウン! 驚いたわ! スゴイ、スゴイ! 頑張ってー!」
「アハハハ! 裕美、応援ありがとな! そんな大したことじゃないんやけどな」
「そんなことないわよ! 美穂姉え、男の人に全然負けてないじゃない! 最高にカッコ良いわよ!」
「そうかあ? そんな喜んで貰えるとこっちも嬉しいなあ。なんなら、サービスでちょっと面白いもん見せるわ」
 美穂は右手を上げ指をクルクル回した。メンバーに何かの指示を出したようだ。
「ローテーション! 回すよ! 美人にエエとこ見せないとな」
 すると美穂が後ろに下がり、2番目のメンバーが先頭を切って走り出した。ところがホンの1、2分でまた先頭から後ろに下がり、また2番目のメンバーが先頭を走る......、また次のメンバーが先頭を走るという具合に、メンバーが次々と先頭交代を繰り返し、隊列がグルグルと回り始めた。
「スゴイ、みんな頑張ってるみたい」
 風の抵抗を一番受ける先頭を交代し走ることで、個々のメンバーの負担を軽減しつつ高速巡航する。これをロードレースでは『ローテーション』と呼ぶ。
 先頭を走る間は非常に苦しいが、2番手以降のポジションで走れば、空気抵抗が軽減され、その間は脚を休めることが出来る。そしてまた先頭を走る時、短時間ならも全力で走ることを繰り返すのだ。集団で走ることで、一人では不可能なハイスピード走行が可能になる。
 ロードバイクは一見、個人スポーツの様に見えるが、れっきとした団体競技だ。上級者程このチームプレーの要素がより重要になってくる。ツール・ド・フランス等のプロのロードレースでは、一人のエースを勝たせるために、他の選手がエースを身を粉にしてアシストする役目を負うのだ。
 もちろん裕美はロードレースを知らないので、美穂と他のメンバーが何をしているか分からない。でも、全員で何かの『チームプレイ』をしていることはおぼろげに理解できた。
「しばらくこのペースで行くよ! スピードは40キロを維持してな!」
「オーケー!」
「了解! 美穂さん!」
 美穂が指示を出すと、彼らもその"命令"の通り、軍隊の様に規律を以て走り出すから実に不思議だ。特に先頭を走る人は、苦しそうな顔をしながら必死で、そして真剣な面持ちでペダルを回している。さっきまで裕美をからかっていた人達とは全然思えない。
「みんな頑張って!」と、裕美も思わず声をかけた。
すると、何人かがこちらを向いて手を振ってきた。
「ハーイ、裕美ちゃん」
「裕美ちゃん、応援ありがとねー!」
 裕美もウィンドウから手を振り返事を返すと、ちょうど併走していた一人が車に近づき、「よお!」と声をかけ裕美の手にハイタッチをしてきた。
「きゃ! ビックリしちゃう。でも片手運転? 時速40キロよ!?」
「アハハ、裕美ちゃん、驚いた? でもスゴイでしょう? まあ、俺達の実力ならこうゆうことも出来ちゃう訳よ!」
 こんなスピードで走っていても、まだ彼らに十分な余裕があることに裕美は驚いた。
 それを見た他のメンバーも次々と、裕美の手にハイタッチをしてくる。
 パン! パシッ!
「キャ! でもみんな、頑張って!」
 裕美もこんなシチュエーションでハイタッチが出来るとは思いもしなかった。面白かって"時速40キロで走行中"のメンバー達と次々と手を合わせていった。
 唯の荷物運びで退屈なツーリングになると思っていたのに、予想外のサプライズだった。裕美がメンバーを応援する声も自然と明るく大きくなる。
「みんな、すごーい! 頑張ってね!」
 パシッ、パシッ!
 あれっ、 どうしたの?
 突然、ハイタッチの流れが止まった。
 ......。
 何とメンバーの一人がハイタッチをせず、ずっと裕美の手を握り続けている。
「キャー! あなた、いつまで手を握っているのよ!」
「あー、ゴメン、ゴメン。裕美ちゃんの手が綺麗だったもんだから、ついね!」
「謝るなら、その手をもう離してってば!」
 裕美がいい加減にして欲しいとばかりに文句を言った。しかし、彼は一向に手を離さない。
「おっと、裕美ちゃん、こんな所で無理に暴れないでよ。ハンドルを取られて事故を起こしちゃうじゃないか。俺が転んだら、後ろの皆も巻き込まれて大変なことになるよ! ほら、ちゃんと前を見て!」
「ええー! そんなあ! ヒドイわよー!」
 事故を起こすと言われては、さすがに裕美も抵抗のしようがない。時速40キロ近いスピードで走っているのだ。無理に手を解いて、万が一自転車と接触し車で挽いてしまう様なことになれば、本当に命を落とす人身事故になる。裕美は文句を言いながらも、黙って従うしかない。
「卑怯よー! そんなやり方! 脅迫じゃない!」
「裕美ちゃん、ホント細くて綺麗な指してるよ。ねえ、指輪のサイズは何号? ちょっと教えてよ」
 キャー!この人、こんな所で何考えているのよー!?
 さっきまでの、真剣に顔をした男の人はどこへ行ったのよー!?
 そんな男達の変わり身の早さに、裕美も唖然としてしまう。
 しかも時速40キロで走るシチュエーションで、車のウィンドウ越しにナンパされるなんて考えたこともなかった。手を振り解いて逃げることも出来ない。
 七色の変化球を次々と、しかもストライクゾーンに的確に決められては、裕美も為す術がない。防戦一方である。
 一体どうすれば良いの? 誰か、助けてー!!
「こらー! タカシ! オマエ、裕美ちゃんを独り占めするなよ!」
「そうだよ! こっちにも回せよ。せっかく良い感じで裕美ちゃんとローテーションしてたんだぞ!」
 後ろから罵声が聞こえてきた。流石に女の子の独り占めは許されないようだ。単なる教育的指導とは違う、彼らの殺気めいた声が後方から次々と聞こえてくる。
「おっと、邪魔が入っちゃった。それじゃね、裕美ちゃん」