恋するワルキューレ ~ロードバイクレディのラブロマンス
「美穂さんから"マルセイユ・ルーレット"を決めてタッキーを骨折させた女が来る、なんて聞いたからさ。どんなゴツイ女が来るかって皆で言ってたんだけど、全然裕美ちゃんが美人なんで驚いていたんだよ」
「そうそう。一発でタッキーの骨を折る位だから、柔道とか空手をやってるデカくてゴツイ女だと思ってね」
「美穂さんは"可愛い女の子が来る"って言っていたけど、全然信用できなくてさあ」
「そ、そんな! わたしは柔道も空手もやってませんし、別に店長さんを投げたりして怪我させた訳じゃありません! たまたま自転車に乗っていた店長さんとぶつかって転ばせてしまっただけですから。
それに『マルセイユ・ルーレット』ってサッカーの技じゃないですか? 怪我なんかさせることはできません!」
そんな裕美の"女の子らしい"弁明を聞いたことで、男達はまたまた"スイッチ"が入ってしまったようで、早速裕美にチャチャを入れだした。コーヒーに入れる砂糖の量を確認するかの様に、裕美の反応を見ながら、そしてまた裕美を弄り始めた。
男達にとって、裕美みたいに突っ込み甲斐のある"美味しい"女の子は、コーヒーに入れる砂糖の様に甘く刺激的なものに他ならない。墓穴を掘るだけだった。
「そうだよねぇぇ。弁護士だなんて、如何にも"お堅い仕事"だし――!」
「そうそう、フレンチカーに乗っているなんて、ちょっと"お高く留まってる"感じがするかもね――!?」
「えー!? そんなことありません! わたしも普通のサラリーマンですし、それに『ルーテシア』だって知人から中古で買ったものです!」
「そうなの? 裕美ちゃん、どこの会社に勤めてるの?」
「会社はどこにあるの? 今度職場に遊びに行っても良い?」
きゃー! 話せば、話すほど墓穴を掘っちゃう!! この人達、とんでもない悪い人達よー! お願い、美穂姉え! 助けてー!
裕美が心の中で悲鳴を上げながら、これ以上喋るのは遠慮させて下さいと、美穂にアイコンタクトで助けを求めた。
美穂も、身を震わせる裕美を見て、助け舟を出した。
「もう、アンタらはホントお約束やなあ。ナンパはそれくらいにしときい。そろそろ行かんと宿に着くまでに日が暮れて、走れんようになってしまうで!」
あーん、ありがとう! 美穂姉え! 本当に助かったわー!
「ところでなあ、裕美。あんたの携帯の番号教えてくれるか? これから皆で走るんやけど、トラブルがあったら車で迎えに来て欲しいんや。一応、連絡が取れるようにしとかんとな」
「あ、はい。分かりました」
美穂が携帯を取り出し、アドレス帳登録の準備をする。
「はい、えーよ。番号を言ってくれるか?」
「えーと、090-5930-22XXです...」
「おーい、男ども、ちゃんと聞いたか――?」
美穂がニヤッと笑いながら振り向き、チームの男たちに声をかけた。
「はーい、ちゃんと登録しましたぁ!」
「もちろんで―す。裕美ちゃん、後で電話するね!」
「裕美ちゃーん、メルアドも教えて!」
チームの男達が、しっかりと携帯を手に、裕美の番号を登録していた。
「ええ! そんな美穂さん! これ以上、男の人達を煽らないでえ。ヤメてぇぇ!」
裕美も流石にこれはキビシイ。体育会系? それともセクハラ系?の男達に身の危険を感じる。美穂に声を上げて懇願した。
「ごめん、ごめん。冗談やから安心してな。誰もイタ電なんてせえへんて。まあ誰かが遅れたりトラブルにあった時は、車で迎えに行ってやって欲しいんや。だから皆の携帯の番号を知っとらんとな。まあ今回のメンバーはそこそこ走れる奴ばかりやからそんなトラブルはないと思うけど、念の為にな。ところでツーリングのルートなんやけど、カーナビは付けとるか?」
「あっ、はい。場所を指定して下されば、行けると思います」
「よーし、それなら大丈夫やな。今日は山中湖へ行くんやけど、ここの道から国道○○号線を通って真っ直ぐやからナビがあれば問題はあらへんと思う。ただ峠を幾つか越えなくちゃならんし、結構遠いんで、途中休憩を入れたりする。裕美はその場所で待機していて欲しいんや。まずは△△道の駅で待っててくれんか」
「はい、分かりました」
でも峠を越える? 自転車で? 今確かに山中湖って言ったわよね?
裕美は美穂の言うことをすぐに理解できなかった。山中湖までは幾つもの登り坂があり、自転車でわざわざ行くような場所ではない。ただ単に美穂の言う通りにするだけであった。
「さあ、男ども! ナンパはそれぐらいにして出発するよ! みんな車に荷物を積んで!」
「ハーイ!」
「ウィっす!」
彼らはトランクに荷物を詰め、自転車に乗り始めた。
全員がヘルメットを被り、サングラスを付けて"短パン"のユニフォームに身を包んでいる。裕美はちょっと変な格好だなあと思ったが、同じユニフォームの人達がスポーツタイプの自転車に乗り、集団でいると流石に雰囲気が出てくる。昔フランスで見たツール・ド・フランスのテレビ中継を思い出した。
中でも美穂は別格だった。美穂が自転車にまたがり、"バチンッ"とバネで弾くような音を足元から立てると、全員の視線が美穂に集まった。シューズを自転車のペダルに固定する時に出る特殊な音だ。彼女の走る準備ができたようだ。
その瞬間、彼らは指令を待つ軍隊の様に美穂の後ろに整列した。美穂が声を出さずとも、ペダルの音一つで男達に出撃の"命令"を下したからに他ならない。美穂はまるで軍隊の女性士官の様な凛々しい面持ちで立っていた。
さっきまで冗談しか言わなかった男達の顔が引き締まり、真剣な表情に変わっている。彼らからもバチンッ、バチッとペダルからバネの弾く音が幾つも鳴った。彼らも走る準備が整ったのだ。
「さあ、みんな!行くよっ!」
美穂の掛け声と共に、自転車が一列になって整然と走り出した。
サングラスをした顔からは分かり難いものの、腕と脚の筋肉に力を込めた姿から、皆が本気になっているのが分かる。裕美は息を飲み、全員が出発するまで見とれてしまった。
「皆さん、がんばって下さい!」
裕美は声をかけた後、美穂達を追いかけようと車に乗り込みエンジンを掛けて急いで車を出発させた。しかしコンビニの駐車場から道路に車を乗り入れた時には、既に自転車の集団が見えなくなっていた。車に乗り、バックで駐車場から出すまでのほんの2〜3分間に、もう皆の姿が見えなくなっていたのだ。
「えっ? 道を間違えた訳でもないし、皆一体どこへ行ったの?」
ナビがあるから道に迷うことはないはずだが、もしかして道を間違えたかと不安を感じざるを得ない。裕美は少しアクセルを踏み、スピードを上げてナビが案内するルートを急ぐことにした。
裕美の愛車はフランスのルノー『ルーテシア』という車だ。女の子が一人で乗り回すには小振りで良いサイズだが、その外見と異なりエンジンもパワフルで、サスペンション等の足回りも高品質で、思ったよりも"走る"クルマだ。
作品名:恋するワルキューレ ~ロードバイクレディのラブロマンス 作家名:ツクイ