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恋するワルキューレ ~ロードバイクレディのラブロマンス

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 心拍数が100bpm(beat per minute)とあれば、1分間に心臓が100回鼓動することを意味する。20歳代の人であれば、心拍数は190から200が最高値といわれている。この最高値に達した場合、それは人間の運動能力の限界をとっくに超えたレベルで、体への酸素酸素供給が、その消費量に全く足りない状態だ。インターバルで休みを取らなければ人間は物理的にこれ以上運動をすることは不可能になる。
 スタート時に100だった心拍数は、走るに連れ徐々に上がり、140、150、160と上昇していく。
 裕美がチェックしなければならないのは、それだけではない。ペダルの回転数を表すケイデンス、坂の勾配を表す斜度の他、スピード、ゴールまでの距離など、全てをチェックしながら走る必要がある。ロードバイクは裕美が考えていた以上にインテリジェンスが必要とされるスポーツだった。
「来たわ、心拍数170bpm!」
 裕美の心拍数がついに170を超えた。この心拍数を維持できるかが勝負の分かれ目だ。有酸素運動能力を向上させるトレーニングをしていない人間なら、この心拍数は1、2分で息が上がってしまい、あっと言う間に走行不能になるレベルだ。
 ハア、ハア、ハア、ハア......。
 黙々とペダルと踏む裕美だったが、サイクル・コンピュータで走行タイムを確認すると、既に10分を超えている。
 ヤッター! これだけ走れれば、ゴールまでこのペースで行けるはずよ! 美穂姉えのテストに合格したのは間違いじゃなかったんだわ!
 わたしも走れるようになってる! これで彼と一緒に走りに行けるンだから!
 裕美は自分のペースに自信を持ち、苦しいながらも"周り"を見る余裕ができてきた。すると自分が何人もの参加者を抜いていることが分かる。
 もちろん後からスタートした別のクラスの男性達から追い抜かれることもあるが、逆にちょっとメタボなオジサマ達を抜き去ることだってあるのだ。
 それに精神的な余裕ができると、ギアチェンジのタイミングも分かってきた。
 美穂のアドバイスでケンデンズを80以上にするよう指示を受けていた。ケイデンズとはペダルが1分間に何回、回転しているかを表す数値だが、この数値が低いとペダルが必要以上に重くなり坂道を走れなくなる。
 このケイデンズを一定値以上にキープするためギアチェンジを"マメ"にする必要がある。普通のロードバイクはフロントギアが2枚なのに対し、裕美の『デローサ』は非力な女性でも坂を登りやすいように、より軽い3枚のギアが付いている。多少傾斜がキツイ坂も、ギアが軽くなる"インナー"に落とすことで、無理に重いペダルを踏むことなく坂を登れていた。
「キツイ坂ではインナーに落として。傾斜が緩くなったらギアを上げて重くしてと......」
 カチ、カチ。カチャ、シャー! カチャ、シャー!
 右手の指で"スイッチ"の様に軽いシフトレバーをを押す度、『デローサ』のディレイラーがカチャ・カチャと動き変速するのが分かる。まるで車のオートマッチクギアのように軽い。
 左手のフロントギアも、ギアをシフトアップする時だけは、チェーンを"持ち上げる"必要があるのでレバーは少し重くなるが、その程度でしかない。
 カチャカチャとシフトチェンジを繰り返していると、まるでピアノを演奏しているかの様に楽しく感じてくる。ギアが変速する時の音を聞くだけでなく、『デローサ』がその都度スピードを上げ、またペダルが軽くなったりと、まるで音色を変えるかの様にその表情を変えるからだ。
 いや、流石にピアノ程キレイな音は出るなずもない。オーケストラで言えばチェロやコントラバス、ジャズならウッドベースを演奏するような感覚に違いない。
 これなら『ワルキューレ』のみんなからも遅いって言われることもないわ。汚名返上よ!

 それに思いがけない"収穫"もあった。後ろから追い抜いていく男達が裕美に声をかけてくるのだ。
「女神様! 頑張ってね」
「おお、裸のヴィーナス。セクシーだねえ」
「そのジャージ、エロイねえ。でもすごいイケてるよ。今度合コンしない?」
 皆レース中であるし、裕美を待っていることは出来ないので、すぐに抜き去って行ってしまうが、やはり背中の『ヴィーナス』の効果は絶大らしい。
 男の人にこのジャージを見られるのはちょっと恥ずかしいが、やはり裕美も男から声をかけられると悪い気はしない。
 ヒルクライムを走るだけあって、皆それなりにスタイルも良い男の人ばかりということもある。ただアイウェアで顔をチェックできないのが、裕美としてはちょっと残念だった。
 そんなレースの最中、後ろから聞き慣れた声が聞こえてきた。ツバサの声だ。
「裕美さーん、追いつきましたよー! ジャージもバイクも目立つからスグ裕美さんだって分かりましたよ。凄いイケてます。『ワルキューレ』の皆も裕美さんのことで盛り上がってたんですよ」
「ハア、ハア、ツバサ君......」
「あー、裕美さん。無理して喋らなくて良いですよ。苦しいでしょうしね。それにしても、いいペースで走っているじゃないですか。これなら良いタイムが出ると思いますよ」
「ありがとう。わたし頑張るから!」
「頑張って下さいね。店長ももうすぐ追い付くと思いますよ」
「えっ? 店長さんが来るの?」
「ええ、他のお客様の相手をしてたんで俺より遅いですけど、もう少ししたら来ますよ。裕美さんがこんなに走れる様になってるとは思いませんでした。店長もビックリしますよ!」
 それにしてもツバサ君は凄いわ。わたしがもう息を切らす寸前で走っているのに、ツバサ君は息を切らすどころか、笑いながら話しかけてくるんだから。
「裕美さーん、こっちを向いて下さい」
 えっ? ツバサ君?
 パシャ、パシャ!
 ツバサは何と坂を登りながらポケットからカメラを取り出し、裕美を横から、また背中から『ヴィーナス』が写るように写真を撮り始めたのだ。
 この坂を片手で、時には両手を離しながらバイクを運転している。
 スゴイ、信じられない。
「ハイ、裕美さん、キレイに取れてますよ。
 ハハハ、バイクに乗りながらカメラって驚きましたか? ヒルクライムだとスピードが遅いから並走して写真が撮れるんですよ。まだまだ撮りますからね。ちょっと先行して、あのコーナーの所で写真を撮ります。裕美さん、バッチリキメて下さいね」
 ツバサはそう言うと、カメラを背中のポケットにしまい、ダンシングで一気に坂を登っていったのだった。
 ツバサ君、本当は凄い速かったんだ。いつもふざけてばかりいるのに、ツバサ君てばやる時はやるのね。
 それならわたしだって!
 裕美は深く息を吸って、ツバサに向かってダンシングで走っていった。
 パシャ、パシャ。
 ツバサは、裕美の走る姿をしっかりカメラに収めた。
「裕美さーん! バッチリ撮れましたよ。頑張って下さーい!」
「ありがとう! ツバサくん!」
 ハア、ハア、ハア、ハア......。
 裕美は少し息が上がりそうになった。実際に心拍計は185bpmと、裕美にとっては未知のゾーンまで心拍数は上がっており、苦しいのも当然と言えた。