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恋するワルキューレ ~ロードバイクレディのラブロマンス

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「ハーイ、今行くわ! それじゃあ、滝澤君。わたしのことちゃんと見ててね!」
 エリカが大会運営のスタッフに呼び出され、ステージに上がったその時、オオーという歓声と共に、男達の視線が集中した。
 しかし、その視線の先はエリカではない。
 一人の女が、長い髪をたなびかせならがロードバイクに乗って颯爽と会場へやって来たからだ。
 その女のロードバイク、そしてジャージやアクセサリーなど、身に着けているもの全てが赤と白で統一され、鮮やかながらもエレガントなデザインは会場の全ての視線を集めるのに十分な迫力があった。
 ロードバイクからして『並』ではない。
 『デローサ』のロッソ・ビアンコ(イタリア語で赤と白)のフレームに、フルクラムのRacing Zeroという真っ赤なホイールを履いている。
 ハンドルやサドルのアクセサリーも赤と白だ。
 そのバイクに乗っている女はそれ以上に注目を集めた。
 その女は赤いレースのストッキングを履いて、会場の男達の度肝を抜いた。
 白く長い足に赤のレースとは、男を誘う姿にしか見えない。
 ジャージにはエレガントな赤い薔薇が全身に描かれ、正面には茨を纏った金の十字架と、フランスの三色旗の盾形の紋章、胸にはピンクのグラデーションで"Venus"『ヴィーナス』と書かれている。
 そしてジャージの背中には、
 産まれたままの姿の――
 金髪の美しいヴィーナスが描かれていた。
 それは古代ローマ神話の愛と美を司る女神『ヴィーナス』に他ならない。
 まるでジャージを着た本人が、自分は薔薇をまとう女神『ヴィーナス』だと言わんばかりだ。
 その女は会場に居た男達の視線を釘付けにした。タッキーやツバサも例外ではない。
「......。あれってもしかしして・・・、裕美さん?」
「そうですよ。いつもと違ってメガネもしていないし、髪を下ろしてストレートにしているけど、あの『デローサ』、間違いなく裕美さんですよ!」
 呆然とさせられたのは、男達だけではない。ステージに立っていたエリカも、本来自分に向けられるべき男達の視線を裕美に横取りされたのだ。女として、プロのモデルとして許せることではない。
 裕美もエリカの苛立ちを察知したが、エリカに一瞥をくれると、そんなことはまるで関係ないと言わんばかりに彼の所へ歩いて行ったのだ。
 彼をエリカから取り戻さなくてはならない!
「店長さん、遅れちゃって心配かけたかしら? さっき電話に出れなくてごめんなさい」
「いえ、そんな......。間に合って良かったですね......」
「店長さん。それより、このジャージどう思う? ちょっと恥ずかしいんだけど、似合うかしら?」
 そう言うと裕美は後ろを向いて髪を上げ、背中の"裸のヴィーナス"と赤いレースのストッキングを彼に見せ付けるようなポージングを決めて見せた。
「......、似合ってます。もちろんですよ、裕美さん!」
「ありがとう、店長さん!このジャージ、わたしがデザインしたの!
 ロワ・ヴィトンやエルメスのスカーフみたいに綺麗でしょ。あんなエレガントなデザインのジャージがあったら良いなあって思って。
 店長さんは、こうゆうの嫌いかしら?」
「いえ、スゴイ上品なデザインで、知的な印象もあるし、裕美さんのイメージにピッタリですよ。しかも裕美さんがデザインしたなんて驚きです!」
 流石に彼も興奮した様子が見て取れる。いつもより香水を多めに付けていることも効果があるのだろう。
「店長さん、わたし頑張るから応援してね!」
「もちろんです。裕美さん」
 傍で裕美の聞いていたツバサは、裕美の姿に興奮しつつも、「女は怖い......」とつくづく思い知った。

***

 裕美が出場するBクラスのスタートタイムが近づいた。
 裕美はスタートラインに立つと、その細く柔らかい髪をポニーテールにしヘルメットを被った。流石にストレートヘアのままでは走るのに邪魔になる。
 彼が似合うと言ってくれたロングヘアをヘルメットの中に隠してしまうのはちょっと口惜しいが、代わりに大きいフェイク・ルビーの入ったゴールドのイヤリングを付けている。
 そうね、今度はロッソ・ビアンコだけじゃなくて、ゴールドも入れてコーディネイトをしてみよう! 店長さんの好みに合うかしら?
 それよりも彼はこのイアリングに気が付いてくれるかしら?
 スタートラインに立っても裕美が考えることは、そんなことばかりだ。
 ヘルメットを被りアイウェアを付け、戦う準備は出来た。
 女としてだけではなく、もちろんレースをする意味でもだ。
 後から"彼"や『ワルキューレ』の人達が声をかけて応援をしてくれる。裕美は軽く手を振って返すだけだが、頑張らなくちゃと自分にスイッチが入る。
 それにここまでキメて来たのだ。また坂で無様な姿をさらす訳にはいかない。
 全てはこのレースの結果次第た。
 裕美に緊張が走る。
 スタート1分前。 30秒前。10秒前。
 5,4,3,2,1!
 スタート!!
 レースが始まった。裕美はシューズをペダルに填めて、ペダルを回し始めた。

「ええかあ、裕美。これが最初で最後のテストや。今までやってきたLSDの効果が本当に出たかは、この坂を登ってみたら分かる。わたしに付いて来れれば合格や。まあ来週のヒルクライムは本気で走ってイイやろ。ダメなら、完走も厳しいかもな」
 裕美は1週間前の練習を思い出していた。
 美穂に今までの練習の成果と、このレースでの"勝負の方法"を教えてもらうためだ。
 それまで毎朝欠かさずに練習を繰り返してきたのだ。もちろん毎朝走ることはLSDのペースでも辛い時もあった。逆に練習中はこんなにゆっくり走って本当に速くなるのか、そして大会に間に合うのか焦る時もあった。
 それでも頼れる人は美穂しかいなく、彼女のアドバイスを信じて今までやってきた。その成果をこのヒルクライムで試されるのだ。
「ヒルクライムは相手との競争やない。よく"自分との戦い"なんて言われるが、それもちょっと違う。大体、自分と戦ってどっちが勝ったかなんて分からんやろ。自分に勝つつもりでオーバーペースで走れば、ゴールに着く前に倒れてしまうからな。
 だからヒルクライムは"計画通り"に走ることが大切なんや。
 頑張ってもアカンし、手を抜いてもアカン。計画通りに走るためには、常に一定のペースで走ることだけ集中するんや。
 今回のレースの目標は、タッキーに裕美が走れるところを見せることやからな。どんなに頑張っても、途中で足を付いてしまうようなら、そりゃ裕美の負けや」
「でも完走したって、彼の足を引っ張るくらい遅いならダメよ。彼を驚かせるくらいじゃないと!」
「その通りや。だからこの坂でテストする。まず心拍数を160をキープしながら走ってみようか。
 行くよ、裕美!」

 裕美は美穂のアドバイスを思い出しながら、Garminのサイクル・コンピュータに表示される心拍数をチェックしていた。
 サイクル・コンピュータにハートマークが点滅し、裕美の心拍数、運動強度、負荷の強さを数値化して教えてくれる。