恋するワルキューレ ~ロードバイクレディのラブロマンス
そんな、美穂姉え! レーパンなんて。レーパンなんて......。
恥ずかしくて、ダメ――!
***
............。
裕美は悩んでいた。
レーパン......。
どうしよう? でも彼だって男なんだから......・
通常、ロードバイクに乗る時は自転車用のスポーツウェアである『レーサーパンツ』、通称『レーパン』を履くのが一般的だ。
ただしこの『レーパン』は水着と同じで、身体に完全に密着するウェアなのでヒップや太腿のラインが丸見えになってしまう。
それに『レーパン』の下には何も履かないことが基本だ。
つまり『ノーパン』でもある!?
嘘のようだが、本当の話だ。
ショーツ等の下着を履くと、下着の縫い目がサドルと当ってしまい、長時間のライディングでは痛みの原因となって、サドルに座ることさえ出来なくなってしまう。
かと言って、痛いのを我慢してショーツを履くのもダメだ。
絶対NGである。
レーパンの下にショーツを履こうものなら、ショーツのラインが透けて、逆にパンツが丸見えになってしまうからだ。
裕美もレーパンだけは恥かしくて無理と敬遠していたのだが、プロロードレーサーである美穂の"教育的指導"を受けて、裕美も流石に観念せざるを得なかった。
何よりレーパンの下にショーツを履いて、"お尻が痛い"だなんて、恥ずかしくて彼に言えることではなかったからだ。
そんなことになれば、"女としての裕美"は終わる!
だから裕美は今までレーパンの上にミニスカートを履いてきたのだ。
もっともヒザ上のレーパンなんてロードバイクに慣れた人なら当たり前なので誰も気にしない。
しかしロードバイクに乗りたての裕美にとっては『レーパン』はかなりの冒険だった。実際、エリカもファッション雑誌の撮影では、スカートを履いてレーパンを隠していた程だ。
でも、彼のためなら......と、裕美も『覚悟』を決めようとはしていたものの、ロードバイク用のウェアのカタログには、とても彼が喜びそうな?レーパンは見当たらない。
ほとんどが白や黒の単調なデザインで、華やかさが無いものばかりだった。幾つかは女性向けに可愛らしいカラーのものもあるが、こちらは小学生?向けかと思うほど、エレガントさのカケラもなかった。
「ダメ......。こんなレーパンを履いたって彼を振り向かせることなんてできないわ。エリカにだって勝てない......」
エリカはヒルクライムの大会では、レースクイーンの服を着るという話だ。
それにもしエリカがレーパンを履いたなら、スタイルでは流石に裕美が敵うものではない。
エリカに彼を取られちゃうの......?
レーパン、レーパンやで。レーパンでタッキーを落とせるで......。
美穂の言葉が頭の中でグルグル回る。
どうしよう、どうしよう?
裕美が半ば諦めかけていたその時、『パール・イズミ』という自転車専門のアパレルブランドの広告が目に入った。
『システム・オーダー』? 『フル・カラー印刷』?
ふーん、自転車のジャージって自分でデザインすることが出来るんだぁ。
そう言えば、店長さんも『ワルキューレ』のジャージを自分でデザインしたって言ってたわね。
あれ? これってもしかして?
「そうよ! 自分でデザインしちゃえば良いんじゃない!
わたしだって『ロワ・ヴィトン』の社員よ。それなりにデザイン・センスだってあるんだから!
自分でゴージャスでエレガントな、それこそ『ロワ・ヴィトン』に負けないくらいのジャージをデザインして彼に見せれば......。
そうよ、エリカにだって負けないわ!」
裕美はすぐさま電話を取った。
「もしもし、『パールイズミ』さんですか? システム・オーダーのジャージをお願いしたいんですが――」
***
ヒルクライム大会当日の早朝、エリカ、そしてタッキーや『ワルキューレ』のスタッフはレースの会場に来ていた。
今回エリカはレースクイーンのような服を着て、スタート前のセレモニーに立つ他、トークゲストとしても参加する予定であった。
またタッキーを初めとする『ワルキューレ』のスタッフは、この大会に参加するお客様達の引率やフォローなどの仕事がある。そして今回、エリカが撮影に使うロードバイクを引き渡しに来ていたのだった。
「滝澤くん、悪いわね。わざわざ自転車を持ってきて貰って。ちょっとコーヒーでも飲んでいかない?」
「エリカさん、ありがとうございます。ツバサの分もお願いできますか?」
「いいわよ。滝澤くんは、砂糖もミルクも要らなかったわよね?」
そう言いながら、エリカはコーヒーを彼に振舞った。
モデルという職業柄、エリカは高飛車に見えるが、意外と女としてもソツがない。ツバサはここに裕美が居なかったことに心から安堵した。
エリカが女としてもデキルところを見せられたら、裕美は落ち込むか暴れるか、何をしでかすか分からないと思ったからだ。
「店長! 裕美さん、どうしちゃたんですかね? まだ姿が見えないんですけど、今日はキャンセルなのかなあ?」
「キャンセルはしないと思うけど......。練習も頑張ってたみたいだし、かなりヤル気だったからね。でもちょっと心配だよなあ。ちょっと電話してみようか?」
そう言ってタッキーが裕美の携帯に電話をしてみたが、不在のコールが聞こえるだけで連絡が取れない。
「どうかしたの、滝澤くん?」
「いえ、ちょっと今日来るはずのお客様がまだ来てないから。もうすぐスタートだし、ちょっと電話をね。」
「そう言えばもうすぐスタートだし、セレモニーも始まるわね。滝澤君、どうかしらこの服。滝澤君から見て変じゃない?」
そう言うと、エリカはジャケットを脱いで、レースクイーン姿で彼の前でポージングを始めて見せた。正面からだけでなく、背中を向けてターンするなど、さすがプロのモデルだ。流石にタッキーも男として目を見張るものがある。
「ちょっとレースクイーン姿なんて、安っぽいモデルみたいだからわたしはイヤだったんだけど、主催者からスタートとの時はこの服を着てくれって。スポンサーの関係もあるしね。
でも、わたしは『ワルキューレ』のジャージの方が好きなんだけどなぁ」
「エリカさんはスタイルもイイから何を着ても似合いますよ。でもウチの店のジャージをそんなに気に入ってくれるなんて嬉しいですね。この仕事が終わってもウチに遊びに来て下さい」
「そうね。隣のフレンチも美味しかったし。それにロードバイクも買わないといけないしね。滝澤クン、ちゃんとわたしに似合うものを用意してよね」
「もちろんですよ。エリカさんが気に入るものを用意しますから」
隣で二人の話を聞いていたツバサは気が気でなかった。
女の子を扱うのに慣れたツバサにとって、別に二人の『カラミ』を見た所で何とも思わない。しかし遅れているとは言え、裕美が今にもここに来るかも知れないのだ。
裕美が来た時に、ツバサは裕美を抑える自信はまるでない。すぐさま逃げ出すつもりだった。
「エリカさーん、そろそろセレモニーが始まりますから、ステージの方へ来て貰えませんか?」
作品名:恋するワルキューレ ~ロードバイクレディのラブロマンス 作家名:ツクイ