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恋するワルキューレ ~ロードバイクレディのラブロマンス

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「裕美さん、自転車のホイールもレース用の高性能なものになると、どうしても値段が......。裕美さんがそこまで無理して買うものでもないと思うんですけど」
 彼に言った言葉を後悔して飲み込もうとしたその時、裕美の目に赤い色のホイールが目に飛び込んできた。
「店長さん、あの赤いホイールは何? あれなら『デローサ』にもピッタリの色だわ。わたしあれが良いの!」
「あれはFulcrum(フルクラム)というブランドのRacing Zeroというホイールです。アルミ素材のホイールとしては最軽量の部類に入りますし、レースでも十分行けますよ。ただお値段がタイヤ等も入れると15万円近くになってしまいまして......」
 15万円!? 自転車のホイール一つで?
 それにさっきの心拍計が3万円だから......。
「あと、裕美さん......」
 えっ? "あと"ってまだ何かあるの?
「速く走るのであれば、ペダルに足を固定するビンディングシューズと専用のペダルが必要だと思います」
 彼がそう言って見せてくれた靴の値段は、2万円、3万円!?
 しかも靴とは別にペダルも買わなくてはならないようだ。こちらも1万、2万もするものだった。一体、いくらになっちゃうの?
 でも、でも......。
 彼に見てもらうんだから、恥ずかしいカッコはできないわ。
 そうよ、ロワ・ヴィトンのバックと同じくらいじゃない。
 イイ女がバック一つで怖気づいた所を見せられないでしょ!
「店長さん、あの赤いシューズが欲しいの。ペダルは白いのが良いなあ。『デローサ』のロッソ・ビアンコ(イタリア語で赤と白という意味)に合わせて選んで欲しいの!」
「裕美さん、本当に良いんですか......?」
 裕美は良いもとも悪いとも答えず、さも当たり前のように答えた。
「ええ、カードで一括でお願いね!」

***

 ............。
 わたしってば、どうしてこんなことしちゃったんだろう?
 裕美もさすがに落ち込まざるを得なかった。
 たかだか自転車の部品に20万円以上を一気に使ってしまったからだ。
 今まで裕美もロワ・ヴィトンのスーツやバックで、この位のものは買ったことはある。
 しかし流石に自転車にとなると意味が違う。どんなに素晴しいものを買っても、友達も会社の同僚も褒めてくれるものではない。
 そう、喜んでくれるのは彼だけなのだ。
 彼の気を引くためにいろんなパーツを買っちゃって......。ホストに貢ぐ女ってこんな感じなのかしら?
 そう考えると、自分と彼の微妙な距離に裕美も少し悲しくなった。
 でもイイわ! これで彼と話をする機会ができたんだから!
 裕美はそんな風にポジティブに考え、今日も彼に"個人授業"をお願いするつもりで『ワルキューレ』にやってきた。
「こんにちは、ツバサくん。店長さんいますか?」
「あー、裕美さん。店長はいないんですよ。今ちょっと出ていまして......」
 ツバサがバツの悪そうな顔で答えると、裕美も"何か"を察知した。
 ツバサは裕美をからかうこともあるが、根は正直で、その分顔にも出やすい。
「ツ・バ・サくん、店長さんはいるんでしょ。それとも何かあるのかしら? 正直に言いなさいよ!」
「ええ、店長はですねえ。居ると言えば居るんですが、近くの公園に行ってまして......。
 その、エリカさんと一緒に......」
「エリカと?」
「でも何も裕美さんが心配することないですよ。雑誌の撮影に行っているだけですから。仕事ですよ、仕事!」
「わたしも見に行ってくるわ!」、
 裕美はそう言うと、すぐさま店を出てバイクで公園に向かった。
 悪い予感がする。
 雑誌の撮影だから、エリカ以外にもカメラマンやアシスタントも当然一緒のはずだ。でもむしろ仕事で会っている方が気になってしまう。エリカと違い、仕事でもプライベートでも何の関りもない裕美としては気が気でならない。
 仕事からプライベートへなんて典型的な恋愛パターンじゃない!
 彼が居た! 公園ではまだ撮影の最中のようだった。
 しかし裕美が少し遠巻きに撮影現場を眺めてみるが、エリカがいない!? あれ、撮影はどうしたのかしら?
 そう裕美が考えていた時に、エリカが裕美の思いもよらない姿でいることに気が付いた。
 ロードバイクに乗っているのだ。
 しかも『ワルキューレ』のジャージを着ている。
 裕美が驚いたのはそれだけではない。彼のセンスか、それともエリカのセンスなのかは分からないが、白を基調としたバイクとウェアが上品にコーディネートされている。
 『ワルキューレ』の白いジャージに、白のミニスカートをエリカが纏っている。彼女のロードバイクもフレームやホイールを白とシルバーを基調としたパーツで統一されていた。
 男性向けのスポーツを意識したメカニカルなデザインではなく、エリカの長い黒髪が映えるな上品なアレンジだった。
 ウェアだけではない、ヘルメットもアイウェアも白で統一してそろえているし、ペダルもロードバイク専用のビンディングシューズを付けている。
 そんなあ......。
 ロードバイクに乗って彼にアピールって、わたしと同じじゃない。
 エリカと同じ条件で、わたし勝てるの?
 もしかしたら負けているかも。エリカはプロのモデルだし......。
 裕美はエリカの姿とロードバイクを見て、落胆せざるを得なかった。
 彼がエリカにロードバイクの乗り方について教えている様だ。裕美は撮影現場に近づいて聞き耳を立てた。
「エリカさん、少々乗り難いと思いますが、気を付けてください。初心者のエリカさんにはツラいかも知れませんが、撮影なので見栄えがする様にサドルを少し高めにしてますから」
「平気よ、滝澤君。これでも運動神経には自信があるから」
「そうは言っても、エリカさんはモデルですからね。怪我をしたら仕事が出来なくなりますよ。気を付けるに越したことはありません」
「滝澤君も厳しいわねえ。もちろんその辺は注意してるわよ。でも心配するだけじゃモデルや役者の仕事は出来ないわ。やる時はやらないとね! それじゃ行ってくるわ!」
 そう言ってエリカはビンディングペダルを填めて、ロードバイクを走らせ始めた。
 カメラマンが走る姿を撮影し易くするためか、同じ所を何度も周回している。ドロップハンドルの下側を持ったり、色んなシーンをカメラに撮ってもらえるようポジションを変えたりと、色々と工夫を凝らしている様だ。
 キャー! ガシャーン!
 そんな時、コーナーでバランスを崩したのか、エリカが落車してしまった。
 彼もスタッフもエリカの元へ駆け寄った。
「エリカさん、大丈夫ですか?」
「痛たーい。滝澤君、ごめんなさい。自転車にキズをつけちゃったかしら......?」
「エリカさん、それよりも怪我は?」
「ええ、ちょっと痛いわ......。肘を擦りむいちゃったみたい」
「血が出てますね。治療をしますから、そのままでいて下さい」
 そう言って、彼はエリカの傷の治療を始めたのだった。
「滝澤君、借り物のジャージまで汚しちゃってゴメンなさいね」