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恋するワルキューレ ~ロードバイクレディのラブロマンス

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「まあ確かに"先生"なんて呼び方、若く思われませんよね。裕美さんのイメージとも全然違うし......」
「そうでしょう? わたしまだ26よ。それに"先生"なんて呼ばれ方をしたら、グレイの地味な服を着なきゃいけないし、男の人にだって敬遠されちゃうわ! 『ロワ・ヴィトン』で働いている意味がなくなっちゃうもの!」
「ハハハ......。確かにそうですよね。北条さんだって若いんだし」
「だから"裕美"って呼んで下さい!」
「あっと、すいません、"裕美さん"!」
「でも、店長さんだって若いですよね。普通、"店長"さんならもう少し年配の方がなるみたいなイメージがあるんですけど?
「ええ、僕もまだ28ですよ。まあ若いと言われますけど、キャリア自体は僕が一番長いんで。高校時代から自転車競技をしていましたからね。まあ"古株"ってことで店長をやっているんです」
「自転車競技? 高校からずっとなんですか?」
「ええ、昔から自転車に乗っていますから、通勤なんかも"これ"で来ているんです。実際、電車やバスを乗り継ぐよりも自転車の方が早いんで便利なんです。朝のラッシュもないし、とても気持ち良いですよ」
「その時にわたしがぶつかってしまったんですね。あの時は本当にゴメンなさい......」
「そんな、こちらが本当に悪いんです。ちょうど店の前だったので歩道を走ってしまいましたが、本来ロードバイクは車と同じで車道を走らなくてはならないんです。自転車と言っても時速30〜40キロは出せますから、オートバイと同じ乗り物と考えれば分かると思います」
「ええ、40キロ!そんなにスピードが出るんですか? スゴイ! 店長さん、もしかして競輪選手!?」
 裕美はとっさに彼の脚を見てみたが、競輪選手と違ってとても細かった。スポーツ選手というよりも、むしろミュージシャンと言っても良い位にスリムな体型だった。
「アッハハハ・・・、そんなプロじゃありませんが、ちょっと慣れた人ならそれくらいのスピードは難しいものじゃないってことです。それに車と同じ位スピードを出せなければ、逆に車の邪魔になって危険ですからね。そんなスピードの出る自転車に乗っているんです。道路交通法上、自転車は車道を走ることになってますし、僕らが車道を走るのは当然のことなんですよ」
「ええ? でもお巡りさんだって、自転車で歩道を走ってるわよ。自転車で車道を走っている方がいけないんじゃないの?」
「警察の方でも、そんなにスピードは出しませんからね。中には自転車通行レーンがある道路もありますが、都内では路上駐車が多くて逆に危険です。だから歩道を走るのは安全上止むを得ないでしょう。でも歩道は歩行者のための道路ですから、自転車よりも歩行者を優先しなくてはなりません。歩道を走ってぶつかってしまった時も、こちらが悪いと言っているのはそういう意味なんです。だから裕美さんも、そんな気にする必要はないんですよ」
 裕美は黙って彼の言うことを聞いていた。彼の誠実さを言葉の節々から感じることはできるが、同時に裕美はちょっとしたイライラも感じていた。
「もう、店長さんって人の気持ちが分かってないのね。全然よ......」
「えっ? 裕美さん、何か失礼なことを言ってしまいましたか......?」
 彼が驚いた様な顔で、裕美を見つめていた。今回の事故の責任を追及されるかと思ったのだろうか。表情が一瞬、固まってしまっている。
「だって、そんな自分だけが悪いだなんて言われたら、わたしだって困るじゃないの。人を怪我させちゃったのに、そんな法律論だけで人の気持ちは整理させることはできないわ。わたしだって弁護士だけど、それ位分かっているつもりよ。少しはわたしの気持ちも考えて!」
 そう言って裕美はクッキーの入った手提げ袋を彼に差し出した。
「これつまらない物ですけど、お詫びの印です。店長さん、受け取って下さい......」
「あ、ありがとうございます。すいません、恐縮です......」
「今日は忙しくてお店のモノだけど、今度わたしが作ったものを"お見舞い"として持ってくるわ。店長さん、それも受け取ってもらえるかしら?」
「ああ、そうですよね。裕美さんの言う通りですよね。謝ってばかりでも仕方ないし、実は俺甘いものは大好きなんで。喜んで頂きます!」
「店長さん、良かったらこのクッキー、今どうかしら? わたしお腹が空いてきちゃったの」
「そうですね、実は僕もです。コーヒーを持ってきますから、ちょっと待っていて下さい」

***

 裕美は彼が淹れてくれたコーヒーを飲みながら、彼が言う"競技用"の自転車を見回していた。先日このお店に来た時も思ったのだが、ここはどうやら普通の自転車屋さんではないようだ。彼が"競技用自転車"と言う通り、街で見かける『お買い物自転車』などは一台もない。
「あのお、店長さん。このお店って普通の自転車屋さんじゃないんですよね? 普通の自転車は置いてないみたいだし・・・」
「ええ、そうですよ。裕美さんみたいな女の子はあまり知らないと思いますが、ウチはスポーツ用の自転車を専門に扱っているんです。競技用の『ロードバイク』を中心に売っているんです」
「店長さん。ここにあるロードバイクって、『ツール・ド・フランス』に出てくるものと同じなのかしら? 昔見た記憶があるんだけど?」
「えっ? 裕美さん、『ツール・ド・フランス』を見たことがあるんですか?」
「ええ、随分昔なんですけど......。わたし、昔パリに住んで居たことがあるんです。でも選手とかルールなんかも全然分からなくて。それに遠くからちょっとしか見れなかったから......」
「パリで見たということは、最終ステージですね? どの辺りで見れたんですか?」
「ええっと、一応シャンゼリゼの近くなんですけど......。でも人が多くて遠くからしか見れなかったのよ」
「スゴイじゃないですか! 本当に本場の"ツール"を見ていたんですね。羨ましいですね。パリに住んでいたのなら毎年"ツール"を見れるんですから! 僕も何度かフランスまで見に行ったんですけど、旅費を貯めるのが大変で」
「ええ、でもホンの少ししか見れなったの......」
 そして彼は楽しそうに"ツール・ド・フランス"の思い出を話してくれた。彼が学生時代から何度もフランスに行って"ツール"を見に行ったこと。その時はいつもフランス人ではなく、アメリカ人のランス・アームストロングという選手が優勝していたこと。
 パリの凱旋門の前を誇らしげに走る選手達。そして優勝者を称える大勢のパトロン達。彼もパリの凱旋門やシャンゼリゼの近くでレースや表彰式を見に行ったこと。
 緑の少ない花崗岩の荒涼としたフランス山々から、一気にエーゲブルーの美しい海岸線に飛び込んだニースの街の景色のこと。
 ラルプ・デュエズやガリビエ峠といったアルプスの山々を登る選手達。そして選手を熱狂的に応援する人達。中にはレース中、選手の前に飛び出す人もいるらしい。でもそんな人達を選手達はまるで闘牛士の様に軽やかにかわすのだと言う。
 そんなフランスの思い出を彼は控え目ながらも嬉しそうに話していた。