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恋するワルキューレ ~ロードバイクレディのラブロマンス

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「すいません。わたしもどのような状況だったのか分からないんですけど、彼が自転車に乗っていたところを転ばせてしまって......」
「ああ、美穂さん。俺のバイクのハンドルを取られただけなんですよ。バックかスーツにハンドルが引っかかっただけらしくて。それで俺だけが怪我をする羽目になったんです」
「ああ、成程、そうゆうことかい。アンタみたいな細身の女の子が、タッキーの腕をヘシ折るなんて、一体何をしたと思ったんやけどね。ハハハ、あんた本当に腕が立つなー。ホンマ大したもんやわー!」
「そんな笑い事じゃありません! 骨折する程の怪我を負わせてしまったなんて。本当に申し訳ありません」
 裕美が頭を下げると、タッキーと呼ばれてからかわれている彼はバツが悪そうに、
「いや、本当に俺が悪いんです。こちらこそぶつけて大変失礼しました。自転車に乗っている俺の方が歩行者に気を付けなきゃいけないんです。こちらの完全な不注意です」
「でもあんな急に飛び出してしまったら、自転車だって避けられるはずがないし......」
 裕美が本当に責任を感じている姿を見て、美穂と呼ばれている女性は、今までとは違う静な口調で、裕美を諭すように話し始めた。
「まあ実際、突然歩行者が目の前でターンをして走り出したら、わたしでも避け切れんやろうなあー。目の前で『マルセイユ・ルーレット』を決められて抜かれた様なもんやろう」
「そうですよね。やっぱり、飛び出したわたしが悪いんですよね......」
「でもなあ、いくらアンタが飛び出したとしても、タッキーはアンタのことを責められないんよ。自転車は車道を走るのがルールやからな。ましてやタッキーは自転車業界で働いている人間で、自転車の安全と交通ルールを守っていかなあかん立場や。どんな事情であろうと、そのタッキーが歩道で人にぶつかったら100%タッキーが悪いことになるんよ。間違ってもアンタを責められんなぁ」
「美穂さんの言う通りなんですよ。歩道を走っていたこちらの責任ですから、そんな気にしないで下さい。むしろあなたに怪我がなくて本当に安心しました。万が一大怪我をしてたら、こっちも大変な責任を負うことになりますからね」
 自転車が歩道を走るのは当たり前だと思っていた裕美には、彼の言っていることがすぐには納得できることではなかった。最近、自転車と歩行者の事故が社会問題になっている話を思い出した。裕美も無制限に歩行者を優先することは変だとは思う。でも彼の立場が、その当たり前のことを言えないとなると、裕美はますます彼に申し訳ない気持ちになってしまった。
「でも、本当にわたしのせいで......」
「大丈夫ですよ。骨が折れたからと言っても、複雑骨折とか酷い怪我じゃありませんから。僕ら自転車乗りではよくあることです。ほら指なんかは動きますし、仕事もなんとかできますから......」
 そう言って彼は指を軽く動かして見せた。でも腕はギブスで固定しているし、指も軽く動かす程度で、手首や肘を大きく動かせていない。
「そんな・・・、やっぱり大怪我じゃないですか? 全然、腕を動かせてませんよ!」
「いや、本当に大丈夫ですから、そんな心配しないで下さい!」
 彼は裕美が狼狽している姿を見て、逆に焦った様子でフォローするのだが、裕美にとっては何の慰めにもならない。裕美がオロオロしていると、隣の女の人が仕方なくと言った様子で声をかけてくれた。
「しょうがないなー! まあ、あんたもそんな気にせんと。気になるんやったら、ちょくちょく店に来てタッキーの様子でも見に来ればエエやん。ちゃんと仕事しとるかってな。タッキーがサボっておったら叱っておいてや。まあ大した怪我やないってことが分かるやろ」
「そんなあ、気にするなって言っても......」
いっそ彼が叱ってくれた方が気が楽になるのに・・・。彼のことカッコいいなんて能天気に考えていたわたしが馬鹿みたい......。
 裕美は罪悪感に苛まれ、これ以上何も言えなくなってしまった。

***

 次の日、裕美は再びその自転車店に行ってみた。本当はもう少し早い時間に行きたかったが、仕事が遅くなってしまい、もう8時近くになっている。裕美はまだお店が開いているのか不安で、半ば走るような勢いで店までやってきた。
 よかった。まだやっているみたい。
 裕美は急いで彼がいる店に入ったが、もう閉まる時間が近いのか、入り口は空いているものの店内に誰もいない。店の奥をのぞいてみると彼は一人でPCに何かのデータ入力をしているようだった。裕美は彼に恐る恐る声をかけた。
「あのお、店長さん、こんにちは。今、お忙しいですか?」
「あっ、こんにちは、北条さん! どうかしましたか?」
「あのぉ、お見舞いと思ってクッキーを買って来たんです。すいません、昨日は満足にお詫びもできなくて。骨折しちゃったって聞いて驚いてしまったものですから......」
「わざわざ、すいません。気を使わせちゃったみたいで。でも本当に北条さんは気にしなくて良いんですよ。逆にこちらが申し訳なくなってしまいます」
 実際、彼はちょっと困っているような顔をしている。気休めを言っている訳ではなさそうだ。
 でも本当にそういうものなの? 彼って骨折までしちゃったのよ?
「北条さん、本当に気にしないで下さい。僕らはスポーツをやってますから、こんな怪我、日常茶飯事です。本当に気にしていないんですよ。別に後遺症や怪我が残るようなものではありませんし、固定していればそんなに痛くもありませんからね」
「でも、本当にそれで良いんですか? もしかしたらもっと酷い怪我をしていたかも知れないんですよ?」
「ハハハ......、まあ落車なんてレースでは良くあることですから。この程度の怪我なら怒りませんよ。それにこの前も言った様に法律的にはこちらの責任ですから、むしろ北条さんに怪我がなかったことが、こちらとしても良かったことなんです」
「そうは言われても、飛び出してしまったのはわたしでしたから......。こちらにも過失責任はあるのに、一方的に店長さんが自分が悪いです、なんて言われたら逆に申し訳なくなってしいます。余計に困っちゃうわ......」
 裕美が項垂れて黙っていると、流石に彼も裕美に気を使って、ちょっと無理矢理話題を変えてきた。
「そう言えば、驚きましたよ。あの時貰った名刺を見たら北条さんて、弁護士なんですね! しかもあの高級ブランドの『ロワ・ヴィトン』の弁護士だって書いてあったから、こっちもビックリして。女弁護士なんていうと、もっと怖いイメージがあったんですけど、全然違うんですね」
「そんな! 弁護士って言ったって、まだ駆け出しだし、それに普通のサラリーマンですよ。皆が思うほど偉い訳じゃないんです。だから会社でも普通に"裕美"って呼ばれてます。"先生"とかって呼ばれるの恥ずかしいから......」
「でもちゃんと弁護士資格を持った"先生"なんですよね?」
「えー、恥ずかしいから止めて下さい! それに"先生"なんて言われたら、オジサンかオバサンみたいじゃないですか? だから皆に"裕美"って呼んでもらっているんです」