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恋するワルキューレ ~ロードバイクレディのラブロマンス

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「分かりました。テル君、ユタ君、行こっ!」
店に中に入ると、青山のブーランジェリーに劣らない種類のパンが用意してある。いや、棚に並んでいるパンの数は、青山の店を間違いなく超えている。パンを買いに来る人も、それを食べる量も尋常ではないようだ。
 そうよね。『ワルキューレ』のチームみたいな食いしん坊な人達がいっぱい集まっているんだから、きっとすぐに無くなっちゃうわ。
 裕美もロードバイクに乗るとお腹が減ってしまう。増して今日は既に70キロは走っているのだ。たくさん"補給"をしても太ることはないので、今日もついリミッターを外してしまう。裕美もここぞとばかり、バターと砂糖が一杯乗ったフレンチトーストと、アンドーナッツ、チキンサンドと、ハイカロリーのパンをチョイスした。
「おっ!裕美ちゃんも食べるねえ」
「何言ってるのよ! タカシさんやオサムさん程じゃないわよぉ。皆だって物凄い量を買ってるじゃない」
「まあ、ここまで結構走って腹も減ったし、ここのパンは美味いからねえ。まあ裕美ちゃん、食べてみてよ」
 そう言われてパンを食べると、確かに美味しい。パリのブーランジェリーのパンとは違う。裕美はパリの生活が長かっただけに、塩味とオリーブオイルの効いたパリッとした食感のパンが好みではあったが、このパンは少し甘さのある生地でモッチリとした食感がある。運動した後のお腹が空いた時には絶対こっちの方がイイ!
「やーん、美味しい。紅茶が欲しいわあ!」
「どう、旨いでしょう」
「うん、美味しい。パンの生地に甘味があって美味しいわあ。でも山の中にこんな素敵なパン屋さんがあるなんて驚きね」
「まあ、走る時には美味いもんを食べないとねえ。ツーリングは地元の美味しいグルメとセットで行くことが多いんだよ。自転車で直接お店まで行けるし、走った後は当然お腹が減るからご飯が美味いし。それにジョギングと違ってお腹をシェイクさせないから、腹一杯食べた後でもまた走ることが出来るしね」
「そうそう。グルメとセットになるなんて、他のスポーツじゃあないよなあ。輪行なら遠くまで行けるからさ、地元の新鮮なものが食べられるからね。帰りは電車だから酒も飲めるし」
「この前食べた銚子の岩牡蠣は美味かったよなあ」
「ええ、オイスター? ワインは?」
"少し"ならお酒も飲める裕美としては、牡蠣と聞いてはワインも外せない。
「都内のオイスターバーなんかとは全然違うよ。新鮮で臭みがないし。ワインも会うよねえ」
「あと、冬は鮟鱇も食べれるし、三崎へマグロを食べるもの美味いよ」
「次のツーリングもわたし絶対行くわ。今日の焼肉のお店も期待しちゃう!」

***

 シロクマパンで十分に補給を済ませ休憩も終わり、皆出発する準備を始めた。
 まだ走らなくてはいけないので、裕美もお腹一杯食べることはできないが、ハイカロリーのパンを十分食べることができたし、少しヤル気になった所だ。秩父へ着いている頃にはまたお腹が減っているだろう。頑張らなくっちゃ!
「それじゃあ、行こうか。ここから先は峠に入るから車も少なくなるけど、坂が少し厳しくなるから、裕美ちゃんはあまり無理しないでね」
「タカシさん、わたしなら平気よ。ちゃんと今まで皆に付いて行けたじゃない。わたしだって走れるんだから!」
「ああ、そう......。裕美ちゃんがそう言うんじゃ、心配しなくても平気かな? それじゃあ、行くからね」
「そうよ! ハワイでもバッチリ走れたんだから、皆驚かないでね!」
 裕美は自信たっぷりに答えていた。
「それじゃあ、そろそろ行こうか」
 出発の声がかかると『ワルキューレ』のメンバーが次々と走りだしていった。
 裕美も遅れずに後を付いて行くが、程なくして何かが違うことに気が付いた。今までよりも息が苦しいのだ。
 どうして? 後ろに付いてドラフティングをしているのに。スピードだってそんなに出している訳じゃないのに、今までよりも全然苦しい!
 少し坂になっているけど、ハートブレイクヒル程じゃない。他のメンバーはごく普通に走っているのに、わたしだけ今にも息が上がりそう。苦しい!
 そう不思議に思いながら、裕美が必死でペダルを踏んでいた。
 集団に遅れる訳には行かない。もし集団から千切れてしまったら、もう追い付くことが出来ない。まだロードバイクの経験が浅い裕美だが、集団から遅れる危険性は即座に理解出来た。
 目の前に急な坂が見えてきた。
 すると、誰かが物凄いスピードで裕美や他のメンバーを抜いていった。
 アタックがかかったのだ。
 他の『ワルキューレ』のメンバーも、サドルから立ち上がり"ダンシング"で、我を先にと先頭にと、裕美には信じられないペースで坂を登っていくのだ。
「おーし、テル!俺たちも行こうぜ!」
「待ってました! 来たよ、坂だぜ!」
 テル君とユタ君の声だ。彼らまでも、アタックで火がついたのか、あっという間に裕美を置き去りにして、先に行ってしまったのだ。
 えー!? テル君、ユタ君、待ってぇ!
 そんな声も、走るのに夢中になった二人には全く届かない。
 ホンの2・3分の時間だろうか? もう裕美の目の前にメンバーが誰もいなくなってしまったのだ。ブラインドコーナーが九十九折に連なる山道だけに、もう、誰がどこにいるのかも全く分からない。
 ハア、ハア、ハア......。
 追い付かなくちゃ! トレインに追いつけば、また皆に付いて行けるわ。
 裕美はそう思いながらペダルを必死に踏むが、坂を登るとすぐに息が上がってしまう。呼吸が出来ないほど苦しい。もはや裕美は声を出すこともできない。呼吸をするので精一杯だ。
 脚に力が入らず、ペダルをまともに踏むめない。転んでしまわないよう、バランスをやっと取れる位のスピードで走っているのが精一杯だった。
 もうだめ......。
 裕美は足を付き、止まってしまったのだった。
 ハア、ハア、ハア......。苦しい、こんなに苦しいなんて!
 裕美は必死に呼吸を整え、走る力を取り戻そうとするが、なかなか呼吸が落ち着かない。暫く休んだ後、やっと走りだすことが出来た。
 しかし、ホノルル・センチュリーライドで走ったハートブレイクヒルのような坂が登っても登っても続いていくのだ。ついには裕美の目の前に、壁のような坂が現れた。もう裕美は『デローサ』に乗ることを諦めて押して歩くしかなかった。
 どうしよう、わたし......。
 皆に置いて行かれちゃった......。
 
 ***
 
 裕美は絶望的な気持ちになっていた。
 皆からはぐれて、既に1時間以上は過ぎただろうか?
 実際にはパニックになって何時はぐれたかも把握していなかったので、実際にどれだけの時間が過ぎたのかさえ分からなくなっている。
 途中休みながら、バイクを歩いて押して幾つかの坂を越えた。
 しかしあと何キロ走れば山を超えられるのか、あと何キロで目的地に着くのかも分からないし、本当にこの道で合っているのかも全く自信がない。道路の標識を頼りに進んでいるが、秩父と言っても広過ぎる。ここがどこかも分からない。