恋するワルキューレ ~ロードバイクレディのラブロマンス
皆、ホノルル・センチュリーライドで裕美が落車したことを知っていたようだ。
「もう、本当にこうゆうことだけは、チェックが早いのね!
あなた達、女の子はからかうんじゃなくて、褒めて喜ばせるものよ!
そんなんじゃ、わたしを口説くなんて絶対無理なんだからね!」
「まあ、まあ。みんな裕美ちゃんがセンチュリーライドを完走したんだって、結構感心してたんだよ」
「そうそう、よく頑張ったねえ!」
「もう、今更遅いんだから!」
「まあ、裕美ちゃんもそれ位にして。皆集まったし、そろそろ出発するよ。
しばらくサイクリングロードを走るけど、今日は裕美ちゃんも走るし、グルメライドだからそんなにスピードは出さない様にするから」
「分かったわ! ちゃんと着いて行くから平気よ!」
「それじゃあ、出発しようか!」
バシッ、バシッ! バシッ!
シューズをビンディングペダルにはめる音が響く。皆、戦闘準備完了だ。
「行くぞ!」
ガチャン。カチャ、カチャ。
皆がペダルを踏み、ギアを変える音が響く。ロードバイクのスピードが、アッと言う間に時速30キロまで上がっていった。
***
同じジャージを着た一つの集団が隊列を組み、一糸乱れず走る姿は、ロードレースを見たことのない人ならきっと驚くに違いない。
「一糸乱れず」とはあながち比喩ではない。自転車と自転車の間隔はホイール一つにも満たない。これが十何台も連なって走るのだから、彼らが一本の糸で繋がっていると言っても間違いでないだろう。
サイクリングロードでも、時折ジョギングをしている人や、いわゆるママチャリに乗った人がいるので、これを当然避けながら走らなくてはいけない。
先頭を走る人がハンドサインを出しながら、右に左に移動すると、後方の人もそれに合せ同じように動いていく。上空からヘリコプターで見れば、同じカラーのジャージを着た集団が隊列を乱さず走るその様は、まるで列車が線路の上を走っているように見えるだろう。
実際にロードレースでも、このような集団を『トレイン』や『列車』と言われている。
もちろん、ロードバイクがこのようなトレインを作るには理由がある。ロードバイクは自分が走る負担を減らすためには、空気抵抗を出来るだけ減らす必要があるからだ。
実はロードバイクが速く走るためには一番効果的な方法は、パワーや馬力を上げることではない。平地では空気抵抗を減らすことが最も効果のある方法だ。実際この空気抵抗は素人が考えるよりも遥かに大きな問題で、カウルのついた特殊な自転車であれば、たった3馬力程度しかない人間の力でも、時速100キロを超えることも出来る。
そこで自分の力を温存しながら、より速く、より遠くへと走るため、ロードバイクに乗る人間は他人のバイクの後ろを付いて走ることから、自然とこのような『トレイン』が形成されるのだ。
実際、この空気抵抗の大きさは、裕美程度の初心者でもすぐに理解できる。集団で走ると、裕美でも30キロを超えたスピードで軽く走り続けられるのだ。一人であれば、10分と走ることは出来ないだろう。
集団の後方で走る裕美にチームの人が声をかけてきた。実業団チーム『ワルキューレ』のリーダー格の一人タカシだ。宴会部長的なノリの良い人なのだが、セクハラ的なイジリも多く裕美はいつも困らされている。
「裕美ちゃーん。どうこのペースでついて行ける?」
「ちょっとキツイけど、何とか行けそうよ。やっぱりみんな凄いのね。ホノルル・センチュリーライドの時より全然速ーい!」
「そりゃあ、今日は実業団のメンバーが多いし、そこそこ走れる連中が集まっているからね。前を引いている奴にはあんまりスピードを上げないように言ってあるからさ」
「ありがとうね。気を使ってくれて。タカシさんも、エッチなこと言ってるばかりじゃないのね」
「当たり前だって!」
「そう言えば、どうしてロードレースじゃ前を『引く』っていうの? 別に皆をロープで引っ張る訳じゃないでしょう? 前から不思議に思っていたんだけど」
「裕美ちゃんは先頭をまだ引いたことがないからねえ。ロードレースじゃ、人の後ろに付くけどさあ、それって一番前の人が全部、空気抵抗の負担を被ることになっちゃうのよ。かなりシンドイわけ。その分後ろが"楽が出来る"もんだから、"引っ張ってもらう"って感覚がピッタリなんだよねえ。裕美ちゃんも先頭を引いてみれば分かるよ。ホントに今引っ張って貰ってるんだなあって」
「そんな、絶対わたし無理です。一人じゃこんなスピード出せないもん」
「そうでしょう。集団の後ろに付くと、一人で走る時の大体6、7割ぐらいの力で走れるからね。速い人が先頭を引いて、遅い人が後ろに付けば、実力が違う人が集まっても一緒に走ることができるしね。野球とかサッカーだと実力の違う人が集まっても全然試合にもならなくてツマンないけどさあ、ロードバイクだとそんなことないし。裕美ちゃんも、皆と一緒に走る方が楽しいでしょ」
「うん! 絶対、面白い」
「面白いよねえ。でもまあ、でもアレでしょ。裕美ちゃんがチームで走るのが好きってのは、男のレーパン姿が見えるからでしょ?」
「もう、何言ってるのよ!またセクハラ発言なんだから。本当に訴えちゃうわよ!」
「おっ、言うねえ。でも前を見てみなよ。ほら男の尻がたくさんあるよ。裕美ちゃん、こうゆうの嫌い?」
「......。」
裕美も返す言葉がなかった。
そうよね。気が付かなかったけど、男の人のお尻を目の前にしているんだから不思議ね。しかもレーパンってヒップラインが露骨に出ちゃうし......。
それに『ワルキューレ』のメンバーの中でも、今日参加している実業団クラスの人達はお尻と太ももの筋肉が普通の人とは全然違う。ミケランジェロの彫刻『ダビデ像』の様に余計な脂肪がなく筋肉もしっかり付いて、典型的なスポーツマンの体型をしている。
裕美も見てはいけないと思いながらも、女の子だけに、どうしても目が行ってしまう。もっともこんな事をタカシさんに、決して言えるはずもない。
「どうしたの、裕美ちゃん? 黙っちゃってさあ。もしかして図星だった? やっぱり男の尻は好きなんでしょ」
「もう! タカシさんたら、お尻、お尻って言うの止めてよぉ。後ろに付いているんだから仕方ないじゃない!」
「そうやっぱり男の尻が好きなんだ。それじゃあ、サービスしてあげるからさあ。サトシー、ちょっとこっちへ来てよ!」
「ん? タカシ、何か用ぉ?」
タカシさんに呼ばれて来たサトシと呼ばれる男の人のヒップを見た時、裕美は一瞬声を飲み込んだ!
キャー、ゴリマッチョ!
お尻の筋肉がサッカーボールの様に大きく、太腿は丸太の様に太い。ロードバイクに乗っている人は、彼やツバサ君を始め細身の人が多いのに、この人は全然違う。ちょっと太っているように見えるが、脂肪などは全く無く、腕から脚まで隆々とした筋肉に覆われている。全身が筋肉の塊のような身体だった。
「どう、サトシのお尻は? 裕美ちゃん、こっちの方が好き?」
「もう、タカシさん、許してえ! テル君、ユタ君、助けてー!」
「ハハハッハ!ゴメン、ゴメン。もう言わないって!」
***
作品名:恋するワルキューレ ~ロードバイクレディのラブロマンス 作家名:ツクイ