恋するワルキューレ ~ロードバイクレディのラブロマンス
「それにしてもわたしなんか相手してて良いの? ファンの子達とかいるんじゃないの? アイドルなんだから周りに可愛い子だって一杯いるでしょ?」
「えー、でもオレ裕美さんみたいな"綺麗なお姉さん"が欲しいなあ。キレイで頭よくてさあ。さすが『ロワ・ヴィトン』の弁護士ですよね。ドレスもここまで決めてるのは裕美さんぐらいですよ」
「インテリでセクシーな女の人なんてサイコーっす」
「あらまあ、二人とも酔ってるの? お上手ねえ。そうそう明日は、約束どおりロードバイクショップへ付き合うわよ。行きたいんでしょ?」
「オッケー! 裕美さん、ありがとうございます。オイ、美穂さんにも声かけようぜ。美穂さーん!」
あらあら、ホント可愛いわあ。
それにしても店長さんはどこへ行っちゃったのかしら? もう、折角このワンピースも彼に見て貰うと思ってたのに!
あれ? もしかして......。
***
裕美はパーティー会場を離れ、ホテルの自転車置き場へ行ってみた。
やはり"彼"はそこに居たのだった。
「店長さん、ここに居たんですね。パーティーには出ないんですか?」
「裕美さんこそ、折角の後夜祭ですから楽しんできて下さい。僕はまだ仕事がありますから」
「また全部の自転車を梱包するんですか?」
「そうですね。ここにあるものは明後日までに全て空港に運ばないといけませんから。今の内に出来るだけ片付けておきたいんです」
「あのぉ、わたし手伝います。店長さんにも色々迷惑かけちゃったし、これぐらいしないと申し訳ないし......」
「別に迷惑なんかじゃありませんよ。裕美さんをサポートするのは当然のことです。裕美さんだって山中湖のツーリングの時、美穂さんたちを応援してくれたじゃないですか?」
「そんなあ。わたしなんか皆さんに声を掛けただけで何もしてないですよ?」
「そんなことないですよ。頑張れって声を掛けてくれるだけで、僕らにとっては凄く励みになるんです。裕美さんだって、応援されて声を掛けられると、力が出る様な感じはしませんでしたか?」
「うんうん、ホントそうだった。疲れてほんとにもうダメっていう時でも、応援してくれると、もう少し頑張ろうって気になっちゃうの。今考えると不思議だけど、ホント力が沸いてきたわ!」
「そうでしょう。ロードバイクは体を限界まで追い込む本当に厳しいスポーツです。そんな肉体的にも、そして精神的にも辛い中で応援されるとスゴイ感動するんです。だから応援してくれる人も決して唯のギャラリーじゃない。特別な人達なんですよ。
僕らの仲間なんです。裕美さんもそうですよ......」
「わたしが仲間ですか?」
「勿論ですよ。だから美穂さんだって、最後まで裕美さんのことをアシストしてくれたんです。
唯のお客様じゃあそこまでサポートしません。裕美さんだったからですよ。
ツバサだってそうです。ツバサは100マイルずっと先頭を引き続けていましたからね。100マイル完走した人なら、美穂さんやツバサの気持ちが分かるはずです。だから裕美さんはバイクの整備を手伝うよりも、ツバサや美穂さんたちと一緒に後夜祭に出て、お礼を言ってあげて欲しいんです」
「......。分かったわ、店長さん。わたしも皆の所へ行ってくる!」
「そうですよ。皆で一緒に居ないとダメですよ」
「ありがとう。店長さん!」
そう言うと、裕美は急いでパーティーの会場に戻っていった。
彼の話を聞いて少し涙が出ていたが、そんな顔を美穂姉えやツバサくんに見せられない。
会場で美穂を見つけると涙を悟られないよう、美穂に抱きついた。
「キャア!」
流石の美穂も裕美に突然抱きつかれて驚いた様子だ。
「美穂姉え、今日は本当にありがとう!」
「今頃何を言っとるんやぁ。ゴールでも散々言っていたやないかあ!」
「ツバサくんもありがとうね。ごめんね、わたしツバサ君のこと誤解してたの!」
「どうしたんすかあ、裕美さん? 飲んでるんですか?」
「裕美ぃ。さてはお前、酔うと絡むクチかあ?」
「んもお! 美穂姉えったら! そんなんじゃなくてえ!」
「まあ、飲もうかい。今日は本当に面白かったからなあ。テルやユタからも聞いたで。裕美がエロいポーズ決めたってなあ」
「ええ? 裕美さん何やったんですか?」
「もお、二人とも! だから、わたしがしたいのはそんな話じゃないんだってば――!」
第5話『グルメライド・焼肉編 〜 セクハラー! わたしをオカズにしないで!』
「こんにちは、ツバサくん! 店長さんいる?」
「裕美さーん、また店長を"ご指名"っすか? ウチには他にもスタッフがいるんですよー。ほら、ナンバーワン・ホストのオレとか!」
相も変わらずツバサが裕美に絡んできた。ここは当然ホストクラブなどではなく、『ワルキューレ』というロードバイクショップである。
裕美が気になっている店長を指名するのはこの店ではいつもの光景だし、自分を指名しない裕美にツバサがチャチャを入れるのも"お約束"ではある。
もっともツバサはルックスも悪くないし、嫌味なく人をイジることも上手いので、ホストでも十分にやっていけるかもしれない。
でもわたしは軽い人は好きじゃないの。マジメな人が好きなのよ。
「もうツバサ君。馬鹿なことを言ってないでよ。店長さんに呼ばれてるのよ。写真を見せますからって!」
「あー、あの写真ですね。裕美さんバッチリ決まってましたよ。店長ぉ、裕美さんでーす!」
「サンキュー。今行くから!」
ホノルル・センチュリーライド以来、裕美には会えない時間が不思議と長く感じられた。
ハワイでお互いの距離が縮まったように思えたが、二人の間に確かなものがあった訳でもない。裕美が好きなジェラートだって夏の暑さですぐに解けてしまうし、熱い紅茶も冬にはすぐ冷めてしまう。そんな微妙な関係の二人だ。時間を置くのは得策とは言えない。
そして、今日が1週間ぶりの対面だった。
「裕美さん、すいません。わざわざ来て頂いて。HPに飾る写真も裕美さんに決めてもらった方が良いと思いまして。裕美さん、ポーズもキレイに決めるからどれも良い写真が撮れてますよ」
そう言って、彼はホノルルでの写真を見せてくれた。スタート前にカピオラニ公園で皆と取った写真。『デローサ』と一緒に海岸線を走っている写真。美穂姉えと一緒の写真。
あー、わたしがアップルパイを食べている写真もある!
それと100マイルの折り返し地点のスワンズィー・ビーチ・パークで、モデルの様にポージングを決めた写真もあった。
最後に裕美がカピオラニ公園でゴールした時の写真もあった。
折角の水玉ジャージと白いミニスカートを汚してしまっていたが、裕美はこの写真を見て1週間前のハワイでの出来事を鮮やかに思い出した。
苦しみながらも最後にゴールした時の高揚感や、嬉しさのあまり泣いてしまったこと。彼や美穂に助けられたことや後夜祭での盛り上がりなど、どれも裕美の大切な思い出だった。
「裕美さん。僕としてはこのスワンズィー・ビーチの写真を使いたいんですけど、どうでしょう? 裕美さんのポージングも決まってますし、海をバックにしてるので景色も凄い綺麗でしたしね」
作品名:恋するワルキューレ ~ロードバイクレディのラブロマンス 作家名:ツクイ