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恋するワルキューレ ~ロードバイクレディのラブロマンス

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「そうそう。ちょっと走れるとこ見せておかないと、あいつらホントに走れるのなんて言われるからなあ」
「ホント、二人ともステキだったわよ」
 美穂も他の参加者と一緒にハートブレイクヒルを登ってきた。他の人達も美穂のアドバイス通りギアを出来るだけ軽くしていたので、全員足を付かずに登りきった様だった。
「裕美―! 随分ヤルやないか。大したもんやなあ、何かスポーツとかやっていたん?」
「うーん、スポーツとは違うけど、バレエは子供の頃からやっていたわ」
「なーるほど、バレエかあ。細身な割に筋肉はしっかり付いとる訳や。それにバレエやったらバランス感覚も付くから、ロードバイクを怖がらん訳や」
「だから裕美さん良いカラダしてるんだー。カッコ良いすっよ!」
「やあ、テル君。恥ずかしいからそんなこと言わないでよ」
 裕美もカラダの事を言われるのは、ちょっと恥ずかしい。でもテルやユタの様にスタイルの良い男の子から褒められては悪い気はしないし、ちょっと自信が出てきてしまう。ウレシイ!
「じゃあ、裕美。坂を降りようか。裕美なら下り坂も怖くないやろ。行くよ!」
 テルやユタが、ここでも先頭を切って下り出した。ハートブレイクヒルをノーブレーキで下れば、時速40キロは軽く超える。
 普通の女の子なら、怖くてとてもそんなスピードは出せないが、裕美はテルやユタに続いてブレーキも掛けずに降りていった。
 裕美にとって、ダウンヒルの爽快感は何よりも魅力だった。ペダルを漕いで汗をかかなくても、スピードがグングン出る。
 裕美たちは一気に休憩ポイントのサンディ・ビーチ・パークへ辿り着いた。

***

「んー、C'est bon!(セ・ボン!)
 美味しい! やっぱり走った後に甘いものは最高ね」
 裕美は補給ポイントで配られるバナナやアップルパイに舌鼓を打っていた。
 ホノルル・センチュリーライドの参加者は、全ての休憩ポイントで食料や水を無料で好きなだけ食べることが出来る。日本では味気のないコンビニ補給食しか食べれないが、今日はトロピカル・アメリカン・デザートが食せるだけにちょっといつもより食べ過ぎてしまう。
 もっとも食べ過ぎているのは裕美だけではない。センチュリーライド、つまり100マイルを走る参加者は何千カロリーもの栄養を必要とするので、自然とお腹も減るし常に大目の補給を採っておく必要がある。そのような"指導"を受けているため、皆ダイエットや体重を気にせず喜々として食べている訳だ。
「裕美さーん! 調子良いみたいですね!」
 えっ! どこかからか"彼"の声が聞こえてきた。今日は一緒に走っていないはずなのに。裕美は一瞬カン違いかと思ったが、後ろを振り向くと確かに"彼"が立っていた。裕美は今バナナとアップルパイを両手に持って頬張っているところだ。
 エー! 何でこんな時に彼に合っちゃうのー?
 彼はカメラを持っていた。多分参加者達の写真を撮っておくためだろう。
 でも裕美としては、最悪に間が悪い。
 キャー! こんなところを撮らないでー!
 裕美は食べかけのパイを急いで飲み込んでから、やっと彼に声をかけることが出来た。
「えー、あのー。店長さん、どうしてここにいるの? 今日は一緒に走らないんじゃあ......」
「ええ、写真撮影ですよ。参加者の皆さんのね?」
 やっぱりそうだったのね......。危ないところだったわ。
「今日はサポートカーを運転しているので、皆さんと一緒に走る訳ではないんですけど、記念になりますからね。こうやってチェックポイントで皆さんの写真を撮ってるんです。
 それに何かトラブルがあった時は、僕がサポートすることになってるんです。ツバサや美穂さんもいますが、彼らの役目はあくまで先頭を引いて皆さんの負担を減らしてあげることですからね。センチュリーライドは時間制限もありますし、誰かのトラブルで全員が待つことはできませんから。
 裕美さんは順調のようですね。補給もしっかり採っているし」
「ええ、まあ。美穂姉えも休憩所ではしっかり食べるように言っていたし......」
「そうです。お腹が空いてきてから補給を採っても間に合いませんからね。今の内にしっかり食べて置いて下さい。まだまだ先は長いですから、いくら食べても足りない位になりますよ」
 あら、食べることは良い事なんだ?
 てっきり、食い意地の張ってる女って思われたかと焦っったのに。
 ここまでハッキリ"良い事"と言われると、安心して食べれちゃう。
「ツバサから聞きましたよ。裕美さんがハートブレイクヒルをダンシングで登り切ったって。これなら裕美さんも100マイルを走れるかも知れませんね。もし100マイルを走れたらウチの店のホームページに裕美さんの写真を飾らせてくれませんか?」
「ええ、そんなあ。恥ずかしいし、100マイルは自信ないなあ......」
「そんなことありませんよ。水玉ジャージも女性らしくアレンジしてスゴイ似合っています。それにヘルメットやバイクのカラーもピッタリ合わせて、流石『ロワ・ヴィトン』で働いているだけのことはありますよね。ウチの店としても女性の方にアピール出来るので是非お願いします」
 ふーん、彼もちゃんとわたしのことチェックしてくれてたんだ?
 そうよね。ハワイ来たのだって、ウェアもキメてきたのも、彼のためだったんだから、ここで張り切らなきゃ!
「店長さんが、走れるって言うなら、わたし挑戦してみます!」
「そうですよ! 100マイルもきっと走れます。僕らや美穂さんもサポートしますから、頑張ってみて下さい!」

***

 裕美達はサンディ・ビーチ・パークの休憩ポイントをを出て、マカプー岬に面した海沿いの道路を走っていた。陽も上がり太陽に照らされたオーャンブルーの海が、更に皆のテンションを上げてくれた。バイクのスピードも心持ち上がり始める。
「みなさーん! あれがマカプーのライオン岩ですよー! もうすぐ次の補給ポイントですから、またしっかり補給を採って下さいね。さっきのパイは美味しかったでしょう?」
 ツバサのMCを聞いて、女の子達もついクスクスと笑っている。ツバサはツアーガイドよろしくいつも満面の笑みを浮かべながら教えてくれるのだ。そんなツバサの姿を見て、ツアーの参加者もハイになっていくのだから、皆ハワイに来て良かったと心から思えるだろう。
 しかし、こんな美しい海とビーチを眺めながら太陽の下を走っても、裕美は今一つテンションが上がらなかった。
 100マイルなんて、とても自信がない!
 ロードバイクの世界では、100キロ程度は走れて当然と言って良い位、ありきたりの距離らしい。でもそれはベテランライダーの話であって、100キロも未踏破の裕美が、更に上をいく100マイル、160キロを走ることなど不可能としか思えなかった。
 愛車『ルーテシア』でドライブを嗜む裕美なら分かる。車だって高速道路を使わなければ、余程の田舎でないと160キロを走ることなんて無理だからだ。
 初めてのロングライドで、そんな無謀な約束を"彼"としてしまったのだから、気も滅入ってしまう。
「裕美、どうした元気ないやん。もう疲れたんか?」