恋するワルキューレ ~ロードバイクレディのラブロマンス
赤と白のコントラストが際立つ『ロッソ・ビアンコ』は、他のロードバイクにはない輝きがあった。裕美が「黒はイヤ」とどうしても言うので、ハンドルやステム、サドルも白いパーツを探し、タイヤも赤いものをチョイスするなど、裕美の我侭に彼もちょっと苦労した。でもその仕上がりの良さに満足気の様子だ。
彼は『デローサ』を『ローラー台』という室内練習用の器械に固定した。このローラー台にロードバイクを固定すると、エアロバイクの様にペダルを漕ぐことが出来るのだ。まず実際に外で乗る前に、このローラー台の上で説明するらしい。
「裕美さん! まずポジションの調整とシフトの操作方法を教えますので、ちょっとバイクに乗ってみてください。」
裕美が彼の説明に従い、固定されたデローサの上に乗りハンドルに手を置いた。ちょっとブレーキを握る位置が遠い。自然と深い前傾姿勢を採ることになる。それにサドルが高くで爪先も地面に届かないし、これで外を走るのはちょっと怖いかも知れない。怖くて乗れないなどと言う事はないにしても、実際に走るには、ちょっと"慣れ"は必要のようだ。
「もう少し背筋を伸ばすような姿勢を採ってみて下さい。そうそう、ハンドルを軽く押してあげるくらいの気持ちで......。良いですね! その感じです。これがロードバイクの基本姿勢です」
「店長さん! でも、ずっとこの姿勢だと疲れない?」
「そんな時は、ドロップハンドルの手元を持って下さい。このハンドルの付け根の部分ですね。逆にスピードを出す時は前傾を深くして、遠くのブレーキの所を握るんです。コツとしては、どんなポジションを採っても、重心をペダルの真上に持ってくる様なイメージを持つことですね」
「ふーん、こんな感じかしら?」
裕美はペダルを回し始めた。ローラー台の上でクルクルと後輪が回る。
「裕美さん、どこか窮屈な所はありませんか? 裕美さんの身体に合わせて、サドルの高さやハンドルの位置を決めましたが、気になる所があれば言って下さい」
「ええ、平気よ。問題ないと思うわ」
「裕美さん、もうペダルをちょっと速く回して貰えますか?」
「ウン! 任せて!」
裕美は少し力を入れてペダルを踏んだ。
シャシャー! シャァー!
ペダルを踏む力に応じて、後ろのタイヤとローラー台から振動音が響いてくる。裕美がペダルを回転させる速度はかなり速い。
固定されたローラー台の上でなければ、相当のスピードが出ているはずだ。
ペダルを回す速度も、その乗車姿勢も、そして裕美の太腿に掛かる負荷も、唯の自転車とはまるで様相が異なる。自分の身体が高速で回転するモーターの様に錯覚してしまう程だ。
「裕美さん、上手ですよ。巧くペダルを回せていますし、ポジションは大丈夫でしょう。それでは変速の仕方を説明しますので、裕美さん、右手のレバーを押してみて貰えますか?」
「こうかしら?」
裕美が右側のレバーを、カチンと指で弾いた。エレベーターのボタンを押す程度の軽い力でだ。
すると後輪からガチャンと大きな音と、軽い衝撃が裕美のデローサに響いた。
カチッ、ガシャン。シャー、カチッ、ガシャン。
「すごーい! 車のオートマチックみたいにギアが軽いわ!」
「そうです。このデローサはシマノの『アルテグラ』という高性能の変速機を付けていますから、ほんの軽い力で変速することが出来るんです。それに裕美さんはスポーツバイクは初めてですので、坂も登れるようにフロント3段、リア10段仕様の多段ギアを装着させたんですよ」
30段? 私の『ルーテシア』だって、4速しかないのよ?
裕美には、ギアが30段と言われても、それがどんな効果があるのか良く分からない。でも裕美の愛車『ルーテシア』と比べても、ギア数が何倍も多い。思っていた以上に、このデローサの性能は高い様だ。
これなら美穂達が車並みのスピードで走ることが出来たことも頷ける。裕美は何度もギアチェンジを繰り返し、『デローサ』の感触を確かめた。
行けるわ! わたしだって美穂姉えみたいに走れるはずよ!
「店長さん! 今すぐこのロードバイクで走ってみたいの! イイでしょ!」
「勿論ですよ。ヘルメットもお貸ししますから、近所の公園を走ってみて下さい」
ローラー台からバイクを外し、裕美は早速『デローサ』に乗り道路に飛び出した。
***
速い! 速い! 速い!
「やっぱり、速ーい! 風が気持ちイイ!スゴーイ!」
裕美が今まで乗ってきたママチャリとはスピードが全然違う! 裕美は右のギアレバーをタップした。シフトアップだ!
カチ、カチッ! ガシャガシャン! シャー!
「スゴイ!スピードがまだ上がるわ!」
ギアを上げてペダルが重くなった分、スピードをグイグイと上げられる。またギアを落とせばペダルが軽くなり、坂道もスッと登れてしまう。自由自在にスピードを変えられる。
裕美は『デローサ』に付いているスピードメーターを見た。
時速30キロを超えている!
「ヤッター! わたしでもこんなにスピードを出せるんだ。気持ちイイー!」
風を直接受ける分、スピード感が車よりも早く感じるし、爽快でイイ!
スピードを上げると、タイヤやチェーンから発せられる音もピッチが上がる。
風を切る音が心地よく耳に響き、裕美の長い髪が風に流れる。
それに白いブラウスが風で踊るように波打ち、風を直接肌で感じることが出来る。
ちょっとタイトなジーンズがペダルを踏む度に、裕美の柔らかく弾力のあるヒップや太もも締め付け、そして筋肉が反撥する。身体を躍動させていることを実感出来る。
全身の感覚を使って感じることが出来るこのスピード感は、裕美にとって初めて体験だった。ドライブが好きな、一寸スピード狂の裕美にとって、この"スピード感"は最高に気持ちイイ!
Super! Allez! Allez! Allez!
〈シュペール! アレ・アレ・アレー!〉
「スゴーイ!行け、行けー!」
裕美は興奮し、ついフランス語で叫んでいた。
公園を何週か回り『ワルキューレ』に戻ってきた裕美は、興奮冷めやらぬ様子で彼に飛びついた。
「店長さん、ロードバイクってスゴイ!わたし、この『デローサ』が好きになっちゃった!」
あまりに裕美が感激した様子なので、彼も驚きつつも嬉しさを隠せない様子だ。
「ねえ、早く美穂姉え達と走ってみたい。店長さんとも一緒に走りたいの。いいでしょ?」
裕美はつい"店外デート"を彼におねだりしていた。
『教えて、店長さん!』〜ロードバイク購入編
裕美:「店長さん、わたしの『デローサ』を組んだパーツについて教えて貰えるかしら? わたしは店長さんが、女性用のパーツを組むからって言われて、他にも色々話は聞いたけど全然分からなくて。ごめんなさい! あまり覚えてなかったの」
店長:「そんな謝る必要はありませんよ。こちらもお客様が高いお金を払うので、どうしても専門的なことも含め十分に説明しなくてはなりません。それでどうしても難しいことを言ってしまったのかも知れませんね。今回の裕美さんの『デローサ』は初心者用、かつ女性用のパーツをチョイスしているのがポイントです」
作品名:恋するワルキューレ ~ロードバイクレディのラブロマンス 作家名:ツクイ