恋するワルキューレ ~ロードバイクレディのラブロマンス
それにバイクを買うなら、デザインにだって拘りたい。裕美は高級ブランド『ロワ・ヴィトン』を就職先として選んだくらいだ。自分が気に入らない服など着ることなんて決して出来ない性分だし、それは仮に自転車であっても然りだ。
わたしの好みの男性なら絶対にファッションセンスだって私と同じ!
そんな彼が選ぶものなら、たとえ自転車であろうとエレガントなものを選ぶはず!
彼がセレクトしたロードバイクなら、私だって絶対に気に入るはずよ!
そんな裕美の超主観的な思い込みによるものだった。
実際、彼はラフな作業服でも、その細身のボディにフィットさせて端正に着こなしている。センスは悪くないことは間違いない。
勿論、これを機に彼との距離を縮めたいという女の期待もある。いやむしろ、そんな邪な気持ちの方が強い。そうでなくては、彼が一人の時を狙って、彼女が店に来るはずもないのだ。
裕美の目論見通り、どうやら店には彼一人しかいない様だ。
彼は裕美に気付かないまま、バイクの整備をしていた。仕事をしている彼も素敵よねえと思いつつ、意を決して裕美は彼に声を掛けてみる。
「あのぉ、店長さん、こんにちは」
「あっ、こんにちは、裕美さん! すいません、いらっしゃってたのに気が付かなくて」
「いいえ、こちらこそ仕事の邪魔をしてごめんなさい。お邪魔して良いかしら?」
「そんな、邪魔だなんてとんでもありません。こちらこそお礼を言う方です! ツーリングでは車を出して貰いましたし、チームの皆も喜んでましたよ! 裕美さんがスゴイ応援してくれたって」
「いいえ、そんなことないわ。わたしなんか荷物を運んだだけだし、皆と一緒に走った訳じゃないもん。応援ぐらいしか出来ないでしょう? それにわたしが店長さんを怪我させてしまったのが原因だもの......」
「そんな、腕の怪我のことは心配要りませんから! 見ての通り、簡単な作業なら出来るんですよ」
「そうよね、その事はもう言いっこなしだったわよね。だからこの間のお約束! クッキーを焼いたんだけど......」
裕美は彼に手作りのクッキーが入った手提げ袋を差し出した。
「よかったら、一緒に食べません?」
***
「裕美さん、これホント美味しいです!もう一つ貰って良いですか?」
「勿論よ。沢山食べて下さいね。店長さんに喜んで貰えて嬉しいわあ」
彼は酸味の利いたコーヒーを飲みながら、裕美の作ったクッキーをまた一つ口に運んだ。美味しいと言ってくれたのは、どうやらお世辞ではなさそうだ。
彼は甘いものが好きだと言っていたことを思い出し、プレーンな味付けながらも砂糖をちょっと多めに入れてきたのが正解だったかも知れない。
「ありがとうございます。自転車に乗っているとカロリーを消費しますから、どうしても甘いものが欲しくなるんです」
「それじゃあ、今度はケーキを作って持ってくるわ。店長さんはどんなケーキが好きなの?」
「裕美さん、無理をしないで下さい。頂いてばかりじゃ悪いですから!」
「そんな気にしないで。わたしもケーキは好きだし作るのも好きよ。でも食べ過ぎると太っちゃうから困ってるの。店長さんだけじゃなくて、ツーリングに行った人達にも差し入れしなくちゃね。応援しただけなのに、そんなに喜んでくれたなんて、私も嬉しいわあ」
「そうですね。チームの皆さんもスゴイ喜びますよ。もし無理でなければお願いします」
「あっ、でも止めた方が良いかしら? 確かに皆楽しい人達なんだけど、ちょっと女の子に対して悪戯がヒドいんだもん。余り調子に乗られても困っちゃうっもんね」
「ハハハ、確かにそうかも知れませんね......。でも悪い人達じゃないんで、そんな嫌いにならないで下さい」
「フフフ、確かに悪い人達じゃなさそうだったけどね。それよりも美穂姉えってスゴイんですね。プロの自転車選手だって!」
「男の人達より速かったのでびっくりしたでしょう。美穂さんって、実は全日本選手権で優勝したこともあるんです。ウチの店が美穂さんをスポンサードしている関係で、チームの皆さんを指導しに来てくれてるんです」
「わたしもチャンピオンだって聞いて驚いたの。でも美穂姉えって、速いだけじゃなくて男の人達を仕切っちゃって、本当にカッコ良かったの! ああゆう女の人って同性でも憧れちゃうわあ」
「ハハハ、僕も美穂さんにはやられっ放しです。ウチのチームでは誰も美穂さんには頭が上がらないんです。でもチャンピオンって言っても、美穂さんは偉ぶることもなくて気さくな人ですから、誰からも好かれるんですよね」
ふーん、美穂さんと店長さんって、そういう関係だったんだ。この前合ったときは、二人とも妙に仲が良い感じだったけど、美穂さんの彼氏とかじゃなさそうね。ちょっと安心したわあ。
「それでね、あの......」
「裕美さん、どうかしましたか?」
「店長さん、実はね、わたしも美穂姉えみたいに、ロードバイクに乗ってみたいんだけど......。あんな美穂姉えみたいにカッコ良く乗れるかしら?」
美穂姉えみたいに、なんてちょっと無理な質問だったかしら?
裕美もちょっと欲張り過ぎたかと思ったが、やはり美穂のような女性には憧れてしまう。やっぱりロードバイクに乗ってみたい!
「もちろんですよ。裕美さんでしたらスタイルも良いですから、きっと似合いますよ。最近女性でもロードに乗り始める人が増えてきているので、裕美さんも是非乗ってみて下さい」
彼はちょっと嬉しそうな顔をして答えてくれた。そう言って彼はコーヒーを片手に、裕美に店内にディスプレイしてあるバイクの説明をしてくれた。
「こちらは初心者向けのスポーツバイクで『クロスバイク』という自転車です。ロードバイクの場合、初めての人はドロップハンドルを怖がる人が多いですから、まずこの『クロスバイク』に乗ってみるのも悪くないと思います。
このバイクは『トレック』"TREK"というアメリカン・ブランドの自転車で、価格も10万円位ですから値段的にも調度良いと思います」
彼が見せてくれた自転車はドロップハンドルこそは付いていないが、一目でスポーツタイプのそれと分かるものだった。
当然ながら"カゴ"も付いていないし、チェーンカバーもなく、剥き出しになったギアやチェーンは如何にもメカニカルな雰囲気を漂わせている。でも純白の白いフレームにシャープなシルバーのラインが彩られ、無骨な印象を全く感じさせない。
でも......。
「あの、店長さん。このバイクも素敵なデザインだと思うわ。でも、わたしやっぱり美穂姉えみたいな自転車が欲しいの!」
「そうですか、やはりロードバイクですか......」
彼はちょっと悩む様な仕草をして話を続けた。
「ロードバイクを選ぶのであれば、ちょっと予算の問題も出てくるので初めての人には勧め難いんですが......。でも予算さえ合えば、裕美さんくらいの身長でしたら脚も長いし、少し小さめのサイズを選べば男性用のロードバイクも乗れるでしょう。店の中のバイクで気に入ったものを選んで頂いて構いませんよ」
「ふーん、好きなものを選んでも良いんだ?」
作品名:恋するワルキューレ ~ロードバイクレディのラブロマンス 作家名:ツクイ