恋するワルキューレ ~ロードバイクレディのラブロマンス
そんな無茶な飲み方、食べ方なのに、皆平然としているのだから裕美も余計に驚いてしまう。裕美は只バーベキューの牛肉を自分の好みの焼き具合で少しずつ食べている位なのに。
「裕美ちゃーん! どう? 沢山食べてる? この肉旨いでしょ?」
「あっ、ハイ、頂いてます。確かに本当に美味しいお肉ですねー!」
「そうでしょ! チーム員に焼肉屋をやっている奴がいるから、良い肉をちょっとサービスして持って来て貰ったんだよ!」
「だからこんなに美味しいんですね!」
「そうゆうこと! だから遠慮しなくて良いから、裕美ちゃんも一杯食べてね!」
「ありがとうございます。でもわたし、皆さんみたいに沢山食べれないわ」
「そうかもね。裕美ちゃんは今日はバイクに乗っていた訳じゃないし。そんなに腹は空かないさ。俺達は今日かなり走ったからさあ、もう腹減っちゃってどうしようもなくてさー!」
「皆さん、いつもこんなに沢山食べてるんですか? ちょっとビックリしちゃいました」
「まあ、運動するとお腹が減るからね。だから皆ああやってガンガン食べちゃう訳よ。だから裕美ちゃんも一杯食べて! 俺的にはもうちょっと胸が大きい方が好みなんでね......」
「もう! そんなことばかり言って! わたしはタカシさんの好みに合わせるつもりなんて全然ありませんからね!」
「そうかあ、残念だなあ......。裕美ちゃんはスレンダーが好みって言うなら、他の男を呼ぶから。オーイ、○○ー!」
「キャアー、止めてったらー! 怖いから、そんな男の人を呼ばないでったらー!」
「そんなことを言わないでさー!」
とても良い歳をした"大人"の集まりとは思えない。
彼らが言うには、自分達は"不良チーム"なのだそうだが、本当に納得してしまう。
こんな幼稚で下品な男の人達は、いつもの裕美なら、決して近寄りたくない軽蔑すべき対象となっているはずだ。
でも不思議と今日は少しだけなら相手してあげもても良いかなあと思ってしまう。きっとあの坂での彼らの姿を見たせいだろう。
別に彼らのことを"男"として意識する訳ではないが、やはり彼らの真剣な姿を見て、何か彼らを否定できない不思議なものを感じざるを得なかった。
チームの男の人達だけではない。今日の美穂は誰よりも素敵だった。
裕美も美穂の様な女性を見たことはなかった。スポーツ選手として強くて逞しくて、気風の良い広い心。そしてアスリートとは思えない長い髪と白い肌。女性としての魅力を十分に備えた人で、同性の裕美でさえも魅せられてしまう。きっとチームの野蛮な男達もそう思っているのだろう。
裕美は何気なく、そして小さな声で美穂に呟いた。
「ねえ、美穂姉え。わたしもロードバイクに乗れるかなあ。美穂姉えみたいに素敵に走れたらなあって......」
「おっ、ロードバイクに興味が出てきたかい? チャリは面白いよぉ。やればやる程楽しくなるからな! まあ乗ってみい! 心配することあらへん。皆が教えてくれるよ」
「そうね! わたしもやってみるわ!」
「えー、何? 裕美ちゃんもロードに乗りたい?」
そんな裕美の"ロードバイクに乗る宣言"を聞きつけた男達が、早速裕美の周りに集まってきた。まるでエサに群がる野獣の様だ。女の子に関してだけは、信じられない程素早いフットワークを見せる!
「裕美ちゃん、バイクの乗り方だったらオレが教えてあげるよ。もちろん優しくね!」
「いいえ。あなた達からは、ご遠慮致します!」
「まあ、そう言わずにね。俺達のことも"男"として試してみてよ! 裕美ちゃんの欲望のままに何をしてもOKだよ!」
「何よ、"わたしの欲望"って? 勝手にわたしを痴女扱いしないでよー!」
「そんな怒らないでよ。プレゼントぐらいするからさあ。どう? ロードレース用のジャージをプレゼントするよ」
「私にコスプレをさせようとしてるの? あなた達趣味が悪いわよ!」
「んじゃあ、オレは裕美ちゃんにウェアをプレゼントするよ。ほら、このロードバイク用のピチピチのパンツを履いてさ。絶対似あうよ、裕美ちゃん!」
「今度はパンツ? 絶対、イヤー! あなた達から下着みたいなものなんて貰えません」
「んじゃあ、足フェチの俺はシューズをプレゼントだな。裕美ちゃん靴のサイズを教えてね。いや、靴は履いてみないと分からないしー。一緒に買いに行こうね、裕美ちゃん」
「イヤー! あなた達、変態! 今度セクハラしたら、本当に訴えちゃうんだかね! 本当に法定まで連行しちゃうわよ!」
「アッハハハ......。裕美ちゃん、冗談だって、本気にしないでよ」
チームの男達は、ダイレクトに反応してくれる裕美を弄るのが楽しくて仕方ない様だ。裕美も本気で止めさせれば良いものを、やはり心のどこかで喜んでしまうのだろう。彼らを完全に拒否し切れない。
そんな裕美の心を見透かしたように、裕美を苛めてもて遊んでんでいるのだから、この男達もかなりの"不良"であることは間違いなかった。
「美穂姉え、わたしこの男の人達に襲われちゃうわ! やっぱりロードバイクに乗るの止めるー!」
第3話『薔薇との出会い 〜 店長さん、わたしロードバイクが欲しいの!』
「ごめん下さーい......。どなたかいらっしゃいますかぁ......?」
裕美はキョロキョロと店内を見渡しながら、小鳥がさえずる様な声で尋ねてみた。
別にその場所は照明が全て消された深夜のビルなどではない。蛍光灯の白い光が煌々と照らす、人通りの多い都内の幹線道路沿いの店舗である。
あと10分で午後8時を迎える平日の夜、仕事を終え、裕美はロードバイク・ショップ『ワルキューレ』に来ていた。しかし唯それだけならば、そんな人の気配を探る様な真似をすることもない。お客様ならば勿論"ウェルカム"と歓迎されるはずだ。
ただ裕美が訪ねた時間は夜の8時前と、その店のちょうど閉店真際の時間。彼女がわざわざ店にとっても都合の悪かろう時間に訪ねたのは、ちゃんと理由があった。この店の店長である"タッキー"と呼ばれている"彼"に会うためだ。閉店近くなると他のスタッフが退社し、彼が一人で残務整理をしていることが多い。裕美は彼と二人でゆっくり話をしたい。そう思い、ワザとこんな時間を見計らって来たのだ。
もし他のスタッフも仕事をしていれば、閉店が近いことを理由に帰ることも出来るし、どうしてこんな時間にと問われれば、仕事が忙しいから言い訳をすることも出来る。
男と女が人目に触れず、二人だけの逢瀬を重ねるのは結構手間が掛かるものだ。
でも今日は彼に会う事だけが目的ではない。
裕美はロードバイクに興味があった。いや、興味があるだけではない。既に買うことを決心し、彼にそのバイクを選んで貰おうと思ったからだ。
山中湖へのツーリングで、裕美はプロロードレーサーの美穂の走りに、同じ女ながらも完全に魅せられてしまった。勿論プロであり、全日本チャンピオンである美穂と同じ様に走れるなどとは思っていない。
でも人は星を掴めなくとも、その輝く光をより近くで見たいと願うものだ。そんな"憧れ"が裕美の心に芽生えていた。
作品名:恋するワルキューレ ~ロードバイクレディのラブロマンス 作家名:ツクイ