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ほしのひかり

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 心を落ち着けるように君、とXが言った。落ち着けなくてはならないので、魚はりりりの音を必死で聞きながら歩いた。空腹のことはつとめて考えないようにした。それは心がちっとも落ち着かないからだ。それでよかった。Xは、カエデは、どんどん変り始めていた。
 直したはずの服の破れがどんどん元に戻り、服の破れたところから怪我をして、血が流れた。フルスピードの早送りで人が傷ついていく様子を見ているようだった。Xがするする木のあいだを歩いてくれるので魚は少しも怪我をしなかった。転びもせず、木で擦り傷も作らなかった。木がよけてくれているようだった。魚は、こいつ物体Xじゃなくて山の神様かなんかじゃないだろうな、と思った。
 Xはどんどんぼろぼろになっていった。髪がぐしゃぐしゃとからまり、制服がぼろぼろになり、怪我をして、足を引きずるようになり、どんどんやせていって、月の光でも分かるほど青ざめていった。魚は一心にりりりに耳をすませていた。じっとXを見ながら歩いた。ゆっくりと歩いた。月の光が差してくる。りりり。
 登り、くだり、上り、下り、のぼり、降り、今どこに居るのか、どちらに向えば団地があるのか、どこに何があってどの方角に向っているのか、どんどんわからなくなっていく。混乱。月だけかわらず光っている。
 カエデ、そうだったのか、と呟く、混乱したのおまえも。俺みたいに。おまえとまた。話したいなあ。友だちだったのに。
いまでもそう?
「君のポケット」
 Xが言った。
「何入ってるの」
「わかんない」
「君はわかんないことが多いね」
 Xの声は低く低く変っていた。低く低く、響かない声に。よく耳を澄まさなければ聞こえなかった。わかっていたのだろう。魚が耳を澄ませていることはわかっていたからそんな喋り方をしたのだろう。
「わたしはその光に惹かれるので君を見ていた」
「ひかり」
「君のポケットが光っている」
「そう」
「ここだ」
 みつけた。
 ぽつんとXが言った。
 Xの足元に、今のXと全く同じ顔と服装の山本楓がいた。ひどくあっさりと、倒れていた。死んだのはごく最近だ、と、低い低い聞き取りにくい声でXが言った。どうやら魚の心を読み取った上で気を使われているらしかった。エイリアンの癖におまえ。
 魚はしゃがみこんだ。
「……やっぱり死んでたなあ」
「君は」
 Xが言う。魚の顔は見ない。
「そう思っていたのはいつからだ」
「わかんない」
「わかんないことは実に多いな」
「びっくりしなかったのはあんたのおかげだ」
「そうか」
「うん」
 魚はこわごわとカエデに触った。髪の毛にさわり、それから顔に触り、手のひらを探し出して触った。あんたのほうが冷たいよこれ、と呟いた。
「へえ、そう、帰りたくなかったの」
 呟いた。
それから、手を伸ばして、Xの手に触れた。
 Xは、魚が呼ぶとおりに、手を出した。魚はポケットを指で探ると、なかみをつかみ出して、しゃがんだままXに渡した。
 手の上には青い色の石が乗った。
「きれいだ」
 Xが言った。呟く声で。
 りりりりりりりりりりりりりりりりり。
「うるさい」
「君、これは、これからでてる音だよ」
「まじで」
「うん」
 なんだそうか、と魚が呟き、うんそうだ、これのことを、わたしも君も知っていたから、私と君にだけこの音が聞こえていたんだ、たぶん、わたしの仲間にも聞こえているんだこれはきっと、とXが呟いた。あんたの脈絡はよくわんないよ、と魚が言った。君のだってよくわからない、いやわたしにはわかるのだけど、とXが言った。Xは、石をかざし、月に透かした。
「電話する」
 魚はゆっくりと立ち上がり、ポケットから携帯電話を取出して開いて、電源を入れた。Xは魚を見上げた。
「どうして?」
「カエデは友だちだったから」
 小声より大きな声が出せないままでそう言い、ああでも、なんでこんなとこまで入ったって言うんだ、もう正直に言うしかないか、と続けて言った。正直? 
「なんか気配がして、それから声がしましたって、山から」
「怪奇談だ」
「うん」
 頷き、そうしてようやく魚は一滴分泣いた。
作品名:ほしのひかり 作家名:哉村哉子