ほしのひかり
4
仲間に捨てられてここに。何故捨てられたかというと仲間の逃走に不便だったからだ。何故捨てられたかというとわたしはここでも生きていけるからだ。第一にわたしは君たちの中から汲み上げてここを理解できる。第二にそのようにして言語を学べば意思伝達が可能だ。第三にわたしは擬態が出来る、このように。
「そしてわたしの事は仮にXと」
「Xね」
「君の事は何と?」
「サカナ」
「それは名前か、食べ物か、生き物か?」
「心見たらいいじゃんほら。名前サカナは。魚じゃなくてサカナ、発音違うのほら。魚って書くんだけど発音は違うの」
「それは難しい発言だな」
「そう?」
カエデはこの山にいるんだろう。いるんだろうやっぱり。山の中に立ち込めてるってなんだ、俺も見たい。カエデに会いたいよ。会いたいんだよ俺。ふつうに会えるときはそんなに会いたくなかったのに今は会いたいんだよ。これって心配か。そうかもな。そうかもな今ごろになって。
手をつないで、山を登った。接触しているとりりりが強く聞こえた。どこから聞こえるのか探そう、山ん中な気がする、と魚が言った。その確定は、君がカエデを探したいという感情に起因した単なる願望だ、とXが言った。どこからきこえているかわたしには分からないし君にも分からないはずだ。
魚のポケットでぶぶぶぶぶとバイブレーションの携帯電話が鳴り、魚は鬱陶しそうにそれを取出してぞんざいに電源を切った。ポケットに放り込む。
カエデは魚よりも体が小さい。なのでコンパスも短い。魚より多分少し太っている。だから動きが重たい。魚は引きずらないですむようにゆっくり昇ろうとするが、気持ちが焦っていてそう上手くはいかない。
「君は空腹なようだ」
「そうだけど帰りたくない」
「カエデを見つけることはできないかもしれない、わたしが仲間を見つけることと同じくらい困難だ」
「だって仲間はあんたを置いていったんだろ」
「しかしカエデだって君をおいていった」
「逆かも」
「そうか」
「俺がカエデを置いていったのかも」
遠くで月が光っている。
山本楓という少年がいて、この団地に住む少年たちの中でたのしく生活していたのは一年前のこと、そもそも少年たちはばらばらに遊ぶようになったのでカエデひとりが阻害されたわけではない。これが第一。楓と魚は同じ塾だったが、楓は私立の中学に入って、塾は止めた。これが第二。楓と魚は、楓が塾を止めてから殆ど話したことがない。これが第三。
「家出かなと思ったんだけど」
「ああそうかもしれないな」
「ほかになんも思いつかなくて、でも家でならうちにもほかのだれのとこにも行かないで山に行ったのなんでだろう」
「山にはきていないかもしれない。いや、その可能性は薄い、わたしは知っているが、しかし君はどうして彼が山に入ったと思うんだ」
Xの口調は急いでいるのによどみがない。呼吸をしていないのかもしれない。そのわりに動きは重たいじゃないかと魚は思う。
「読めばいいじゃん」
「口から聞きたい」
「……わかんないけど」
足が止まった。Xを振り返った。カエデを振り返った。カエデは首をかしげて魚を見上げていた。十分混乱する。
「あんたいたし」
「君は混乱している」
「……知ってるって、どういう意味?」
首を傾けたままでXは魚を覗き込んでいる。心を除いているのかもしれないなと魚は思う。遠くの音に耳を澄ませるみたいに。
「……星がどうとかっていうのも、あんた聞こえた?」
「いやそれは聞こえない。わたしに聞こえているのはたぶんその彼の声だ」
は、と魚が呟いた。Xは首を傾け続けている。そのしぐさは、多分わかってはいないんだろうに、カエデによく似ている。
「今汲み上げているのは彼だ、君ではなくて」
「なんて言ってるの」
「かえりたくないなあ」
「は」
「かえりたくないなあ。君と同じだ。かえりたくないなあ。聞こえる方へ行こう。りりりと同じかどうかは分からないが」
首をかしげたままでXは魚の目をじっと見る。首をじっと、かしげる、姿勢。魚も首を傾げてみる。星の声ってなんだ。そう考える。意識を平衡に保つ。平衡に立つ。バランス。
「ゆっくり歩くことが大切だ」
Xが、ゆっくりと、言った。Xの背中のうしろで木々がざわざわと音を立てる。りりりとその音は似ている。揺れる木々。風が出る。腹が減った。家が近くて遠い。月が遠くて近い。光る、まるく。ポケットの中の空白に手をのばす。片手は乾いた何かのあるポケットに、もう片手はXの手の中に。
また歩き始める。