小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

ほしのひかり

INDEX|3ページ/6ページ|

次のページ前のページ
 





 春の終わりごろ、この、山と団地の境界で見失われた(見失った、見失われた、受動態)少年がいて、彼の名前は山本楓といった。山本楓はそれ以来居なくなってしまって、夏の初めの今まで帰ってきていない。誘拐されたのだというものがおり、山に入っていって出られなくなったのだというものがおり、山は関係なくただの家出だと言うものがおり、どの意見も解決には結びつかずにいた。
「このりりりは」
 少年は覗き込んで言う。少年の視界には何も見えない。声の聞こえるあたりをじっと見るのだけれど、月の光は何も照らし出さない。木の影の居るのか、それともかたちはないのか。カエデ? そう聞こうかと思うのだけれど、喋り方も内容もちっとも山本楓と共通しないからためらわれる。それだけではなくて、躊躇われるのは、そんなふうに声をかけるほど少年と山本楓が仲良くはなかったということが、一番の問題だった。少なくとも中学生になってからは、仲良くはなかったのだということが。
 カエデ、おまえなの?
「どこから聞こえてんの」
「わたしにもきこえて君にもきこえるが、だからといって他の誰かもしくは何かにも聞こえるとは限らないだろう、と推測できる」
「あんたどこにいるの」
「分からないか?」
「うん、見えない」
 少年はポケットに手を突っ込む。湿気た空気から逃れて、ポケットの中は乾いて快適で、なんでだろうと頭の片隅で考えた。乾いて暖かく、少年の指を受止めた。ああそこが光っているなとそれは、考える。
「……君はわたしに何を望む?」
 それはじっと少年を見る。それは既に少年のすぐ前に立ち上がり、少年と同じ視線の高さから少年の目を覗き込んでいる。少年にはそれは見えていない。それを透かして遠くを見る視線。
「かたち? 喋るんなら人間。俺んちきたいんなら石かなんか。猫でもいいか。俺猫飼いたいんだよ」
「人間だな」
 頭の中でりりりがやまない、と思いながら、それ、は、背中のうしろでさっきからちらついていた画像と少年が今考えている画像を繋ぎ合わせた。どうやら同じ人物だった。
 つないで、音は必要なく、一瞬で形ができた。
 表皮が裂けているのはその次の一瞬で修正した。その上に着た衣装が裂けているのは、少年の服をもとに修正する、どうやら同じ服だ。
 その二瞬の間に少年は息を止めて、出そうな声を出せずに飲み込んで、後ずさりをして、後ろには溝川しかなくて、落ちて、泥が跳ねて、溝川のせまいところにはまり込んで、これ以上見開けないというくらい目を開いていた。恐怖と驚愕と狂喜と、どれもに似ていてどれにも似ていない顔をしていた。
それ、は、首をかしげて少年を覗き込み、心の中を覗き込み、少年の心に強くひらめいた言葉とイメージを人名だと推定する。
「いや君、それは違う、わたしはあらゆる意味で『カエデ』ではない」
「だって」
 だって。それだけとりあえず口に出して、少年は呼吸をする。あらゆる意味で、と、山本楓の形をしたものが言った言葉が少年の頭の中を回り、あらゆる意味で驚かされた、と思う。目の前にいきなり出てきて、怪我をしていたのが一瞬で治って、カエデで、カエデの癖に声が違っていて、多分違っていて。
「それはわたしと会話をしたのが、『カエデ』のかたちになる前からのことだったからだろう、声のイメージは君が作ったんだから」
「喋らなくても分かるのあんた」
「喋ってくれた方が正常なコミュニケーションだが。語彙は君の中から学んでいる。汲み上げて」
「……よくわかんないけど」
 少年ははまり込んだままでそれを見上げる。山本楓の顔をしたそれ、は、けれど少年の記憶に残る山本楓とは違う声で話し、違う表情で話す。君のイメージに合わせることも可能だけどとそれが言う。そうしたって君の混乱を深めるだけだと思う。
「このかたちはこの山の中にたちこめている、ようだ、君のなかに立ち込めているのと同時に」
「それって、カエデ死んだってこと?」
「わからない」
「あんた何」
「わたしは遠くから来た生き物で、君とは違う生き物で、人間とは呼べないと思う」
「じゃああんた宇宙人?」
「その定義が分からないが、そうかもしれないな」
「エイリアン? 遊星からの物体X? Xファイル? 放射線出る?」
「出ていたら君の体に有害だ」
「気持ち悪くなんないから出てないんじゃないかな」
「それは短絡的だろう」
「カエデは?」
「わからない」
「エイリアン手、貸して」
 そこまで平坦に喋って、それから少年はそう言い、それ、は少年に手を伸ばした。膝に手を当てて平衡を保ち、ひっぱり上げた。あんた手つめたいなあと少年は呟いた。それから、それ、の首に強く腕を回した。
「安心しちゃいけないのきついなあ」
 耳元で呟いた。
 りりりが一層強く響いた。 
作品名:ほしのひかり 作家名:哉村哉子