八国ノ天
《エイチティ・イチ・ゼロ・ニ・ニ・イーエスよりデータ転送……脳を再構築中……エイチティ・イチ・ゼロ・ニ・サン・エイエスより異常を検出……システムチェックおよびログ検証を開始します……》
(カムイ? 起動している! 姉さん!)
キアラは台座、流れるようにして、その奥にあるカプセルに視線を向けていく。
(こいつらは復活させたら自分と同じように利用するつもりだろう。創生ノ書までは遠すぎる。復活まで時間が無い――やるしかない)
キアラは手を頭に当てて意識を集中させた。目の色が変わっていく。
「目を合わせるな!」
ヒルコの叫びもむなしく、兵士たちは刀を振り回しながら暴れ始めた。
他の者がその様子に目を奪われているうちに、キアラは稲馬の懐に飛び込む。稲馬はキアラのあまりにも素早い動きに目が追いついて行けず、ただ茫然と立っていた。
「これは、おれの刀だ。返してもらおう」
キアラは腰に差している黒い鞘を稲馬から取り上げ、稲馬を蹴り飛ばす。
稲馬はぶざまな格好で、ごろごろと転がった。
「稲馬!」ヒルコが叫ぶ。キアラは鞘から刀を抜き、ゴズの方へ駆け出す。
その動きは疾風だった。
ゴズは拳をキアラに打ち放つが、キアラは速度を落とすことなく素早く避け間合いに入り込む。
刀を振り上げる。
キアラの瞳は静かにゴズの顔面を捉えていた。
ゴズは剣先を見た。
一気に振り下ろす!
ゴズは叫び声を上げ、木沙羅を手放し両手で顔面を覆った。顔を圧えた指の間から赤い血が滴り落ちる。
「げほっげほっ!」
激しく咳きこみながら、地面に倒れ込んだ木沙羅を打き抱えると、キアラは正面を向きながらゴズから離れる。
《言語解析プロセスを実行します……脳を再構成中……体細胞組成開始……》
キアラはカプセルを見た。カプセルの中は液体で満たされ、女性の体がぼんやりと浮かび上がっていた。
(体ができあがっている)
「早く、止めなければ……」キアラは悔しそうにつぶやいた。
そのときだった。ゴズが狂ったように雄叫びを上げ、キアラに突進してきた。
「木沙羅、離れるんだ!」
木沙羅を押しのけゴズに立ち向かう。
しかし、今度はキアラの動きが遅かった。ゴズの腕がキアラの全身を薙ぎ払う。まるで小さな人形が投げ捨てられたかのように、キアラは壁に打ち付けられた。
《バックアッププロセス開始……》
気絶はしていなかった。すぐに上半身を起こし辺りを見る。カプセルの傍だった。少し離れた場所でニニギとヒルコが、武器を構えていた。
ゴズがキアラにまっすぐ近づいて行く。
キアラは全身の力を奮い起し、立ち上がるとすぐさま創生ノ書へ駆けだした――地面を蹴る――蹴る――手を伸ばす――鍵だ!
巨躯から放たれる力まかせの一撃――。
手は鍵を掴んでいなかった。地面を蹴っていたはずの足が空に浮いていた。
「うがあっ!」
キアラは元いた場所に吹き飛ばされていた。あばらと背中に激痛が走る。
「くたばれ、小僧」キアラが今さっきいた場所に、ゴズが怒気を吐きながら見下ろしていた。
《最終プロセス開始……》
キアラは必死に上半身を起こそうとするが、顔を上げることしかできなかった。
「もうすぐ、カムイが復活するぞ。ゴズ、早く止めを刺せ!」
見えないところからニニギの叫び声。
ゴズは倒れているキアラの前まで来ると、大木のような足を上げた。
「この野郎、顔を踏みつぶしてやる」
《システム異常発生……》
突然、部屋の中が警告を知らせるように赤く照らし始めた。
「な? どうした?」全員が驚いていた。
(そんなはずは……システムが異常を起こすなんてことは無いはず……)
キアラはゴズの背後に立っていた小さな人影に目を止めた――木沙羅だった。
木沙羅は脚を震わせ、顔を強ばらせながらていた。
両手の中に握られた一つの光が何であるかは、その場にいた全員が、すぐに理解した。
「これはとんでもないことをしてくれましたな。姫さま」
ニニギの顔は怒りに満ちていた。木沙羅に全員の目が向く。
「ゴズ、お前は早くカムイをやれ」
ニニギとヒルコは、木沙羅の方へゆっくりと近づいて行った。
「木沙羅!」
叫べども体が言う事をきかない。目の前の少女は恐怖におののき、一歩も動けないでいる。
「死ね!」
ゴズが足を上げたときだった。カプセルから一筋の太い光がゴズの足を貫く。光は、そのままニニギとヒルコの足へと向かって行った。
三人は苦痛の叫び声を上げ、倒れ込む。
キアラは全身の力を込めた――足が動く。キアラは床を這うようにして立ち上がると、がむしゃらに足を動かした。
《エイチティ・イチ・ゼロ・ニ・ニ・イーエスは中断プロセスを開始します……》
「木沙羅!」キアラは木沙羅を抱き上げ後ろを振り返った。カプセルの中の影が消えていくのが映った。
「愛耶愛……ごめん……木沙羅と佳世を助けるのが先だ」
キアラは出口へ走りだすと、目の前で稲馬が震えながら武器を構えていた。
キアラは目もくれず、そのまま走り去った。
「大丈夫か?」
キアラの問いに黙って頷く。木沙羅はキアラの腕の中で、キアラが去り際につぶやいた言葉を思い返していた。
(愛耶愛……さっきのカムイはキアラの……)
木沙羅は尋ねたい衝動に駆られた――だが、ぎゅっとキアラの服を握り締める。今はただ、腕の中で温もりを感じていたかった。
キアラたちが立ち去った後、兵と一緒に蝉丸が社に姿を現した。
「王、これは一体?」
蝉丸たちはニニギとゴズが負傷しているのを見て驚いた。
「蝉丸か、ちょうどいい所に来た。わが軍は動き出したか?」
「はっ、仰せの通りに作戦は順調に進んでおります」
「ニニギ殿、作戦とは?」
稲馬に抱きかかえられながら、負傷したヒルコが尋ねる。
だが、ニニギは返事することなくゴズと蝉丸に――、
「書の方は失敗したが、こちらは予定通り進めるぞ」
ヒルコと稲馬を睨めつけるニニギの視線に合わせ蝉丸は、静かに刀に手を伸ばした。
7
キアラたちが夕やみの中、城に戻った時、兵たちは皆あわただしかった。
「伊都のヤツら、裏切りやがって」
一人の兵がキアラに近づき、「おい、そこで何をしている? 伊都の兵に城を包囲されているんだぞ。ん……?」と言うと、キアラの隣に立っていた少女を見て姿勢を正した。
「お妃様ではありませんか! 大変、失礼いたしました! しかしこれは一体……、どうなされましたか?」
キアラはその場をごまかし、佳世の所へ連れて行くところだと話した。
「どうやらヒルコや太陽の社のことは、公にされていないようだが、いつばれるかわからないな。急ごう」
キアラと木沙羅は、木沙羅の住む屋敷へと向かったが、そこに佳世の姿は無かった。他に城内をあちこち探し回ったがどこにもいない。
伊都の攻撃に備え、どこもかしこも兵があわただしく動き回っていた。
「やばいぞ、完全に包囲されている。ヒルコ様はどこへ行ったんだ」
「そう言えば昼間、太陽の社へ向かったのを見たと誰かが言っていた。あれはお忍びだったようだとも言っていたぞ」