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八国ノ天

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「人類は自ら文明を崩壊させた。その失われた文明を復活させるのが伝道者。反対に復活させないようにするのが制裁者だ」
「それは官兵衛から聞いて知っている。じゃあ、滅罪者と審判者の役割とは何だ?」木霊は言った。
「俺が知っているのはここまでだ」
「そうか……」
 カムイの使命。正直、自分に何が出来るかなんて、わからない。ただ、今は木沙羅の力になりたいと思う。
「なあ、キアラ――」
 返事がない。妙に静かだった。
「キアラ……?」
 キアラの顔をのぞき込む。
「キアラ!」
 一見、回復に向かうと思われたキアラの容態は悪化していた。
 木霊は馬に跨ると、キアラの背後から手綱を握る。
「待ってろキアラ。今、どこか休める場所を探すからな」

    3

 容態の悪化したキアラを前に乗せ、木霊は山道を進んでいた。
 山を越え、次の村へと馬を走らせていた。
 山頂付近まで来たとき、ぽつんと一つ、一軒家らしき灯りを遠くに見つける。
 木霊は一軒家を見て驚く。木造の立派な屋敷だった。
「なぜ、こんな場所に……?」
 木霊はキアラを馬から降ろし、戸を叩きながら家の住人を外から呼んでみた。
 返事はない。
 木霊は戸に手をかけると、鍵は掛けられていないようだった。
 思い切って、木霊は戸を開け玄関の中に入った。
 家の中は思っていたより広く、蝋燭の明かりで満たされていた。
 木霊とキアラ以外に人の気配は無い。
「立派な家……」
 懐かしい香りが漂っていた――米松の白い床。
 木霊はもう一度、呼んでみた。やはり、返事はない。
 木霊は家に上がり、キアラを居間に運ぶ。
 居間も木の床が張られていた。部屋の真ん中には囲炉裏があった。
 囲炉裏には木炭が敷かれ、ついさっきまで人がいたかのように炎が立っていた。
 勝手に家に上がった罪悪感を感じつつも、木霊は意識のないキアラを寝かせ、背中に背負っていた長巻と袋を床に置く。
 木霊はキアラの首に手をあて顔を見た。顔色は青白く冷や汗をかいている。呼吸は荒く脈が弱い。
 脚に巻かれた布を取り替え、木霊はキアラの手を握り締める。
「キアラ、しっかりしろ……」
 キアラの大きな手は握り返してこない。先ほどよりも顔色が悪くなっていた。
(どうすれば……)
 視界には苦しむキアラの姿――。
「訪問客とは珍しい」
 木霊は顔を上げ前を見た。囲炉裏を挟んだ向かい側に一人の老婆が座っていた。
「あ、私たちはあの……」
「お前さん方、カムイだろう?」
 慌てる木霊とは反対に、落ち着いた様子で老婆が問う。
「え?」木霊はさらに驚く。
「ヴェールを取って、顔をよくお見せ」
「え? でも、これは……」
 不思議な人だった。見た目は年老いてはいるが、声はしわがれているわけでもなく、腰も曲がっているわけではない。立てば、木霊と同じくらいの背丈だろう。白髪混じりの髪の色は、どことなくキアラの髪に近い。木霊は躊躇しつつも、言われたとおりにヴェールを取った。
 天罪ノ仮面が姿を現す。
 老婆は少し驚いたように、目を見開くが何事も無かったかのように、
「名前は何と言うのかな?」
「彼はキアラ。私は木霊と言います。あの、勝手に上がってすみません」
 老婆がキアラを見る。
「そんなことは気にしなくていい。それよりも、その男を助けたいのでは無いのか?」
「はい。ですが……」
「私が助けよう」
「え? でも、どうやって……」
「お前さんでは何もできん。カムイの書はあるか? その男の書だよ」
 木霊は懐から、光明ノ書と鍵を取り出す――ずっと、手渡せずにいたキアラの書と四本の鍵。
「あの、お婆さんは一体……?」
 老婆は立ち上がると、
「今はそれよりも、その男だろう? お前さんは湯浴みでもしておいで。さっきも言ったが、お前さんが傍にいても邪魔なだけだ」
 そう言って、老婆は光明ノ書を受け取ると、木霊を浴場へと連れて行った。
 外にいた時はわからなかったが、屋敷の中は広く、縁側に沿って長い渡り廊下が続いていた。

 木霊は一人になると、腕輪と髪飾りを外し棚の上に置いた。
 褐色の肌を包んでいた服が滑り落ちる。
 戸を開けると、石畳の床が広がっていた。その先に二メートル四方の檜風呂が見え、湯気が立ち込めていた。
 太ももまで伸びた金色の髪を揺らしながら、浴場の中へと進む。
 浴場は露天になっており、周りは塀で囲まれていた。塀の前には四季折々の花を楽しむためだろうか、桜や椿といった木々が植えられていた。
 浴槽には、花びらや果物の皮が散りばめられていた。
 浴槽のそばに座り、桶でお湯をすくい身体を流し、そっと脚の先を浴槽の中に入れてみる。
 ほどよい熱さが疲れを癒すようで、すごく気持ち良い。
 木霊は身体をお湯の中へと沈めていった。
 身体を伸ばし、目を瞑って大きく息を吸い込む。
 ここにあるのは自分。
 水の弾く音。
 檜の香り。
 花の香り。
 果物の香り。
 別世界にいるようだった。
 無為の時間が流れていく。
 目を開けて空を見上げた。紅い月が見える。
(カムイとしての使命、か……カムイの本当の使命って……)
 片膝を抱え、
(櫛たちはどうしてるかな……十夜と十真はきっと怒ってるだろうな。いつも一緒だったから……)
 手で湯をすくい上げてみるが、すぐに指の間から滴り落ちていく。
 ――使命。
 ――木沙羅さま。
 ――キアラ。
(まるで、この手からすり抜けていくようだ。私にはわからない……)
 一時間ほどして、湯船からあがると浴衣が用意してあった。
 浴衣に着替え、髪を団子状にして後頭部の中心にまとめる。

 居間に戻ると、そこにキアラの姿は無かった。
「キアラは別の部屋にいる。今夜はもう会えん。明日には立てるようになるだろう」老婆はさっきと同じ場所に座っていた。
 老婆に腰をおろすよう促され、老婆とは真向かいに正座する。
「お腹を空かせてるだろう。食べなさい」
 目の前に根菜をふんだんに使った煮物、味噌汁、七分粥が並んでいる。
 木霊はお礼を述べ箸を手にする。

 食事の間は静かだった。何か話そうと思っても、そのような雰囲気では無かった。
 目の前に座っている老婆は木霊たちのことを知っているようだった。
 いや、本当にそうなのかはわからないが、少なくともカムイのことを知っている。
 しかも、カムイの身体を治しているのだ。
 ここは単なる民家ではない。この人は何者なのだろうか。
 もし、知っているのであれば聞いてみたい――カムイの使命とは?

 箸を静かに置く。
 老婆は言った。
「木霊と言ったね。さっき訊くのを忘れていたが、姓は何と言う?」
「柊です」
「柊……。すると、お前さんは天なのか?」
「はい」
「これは驚いた。お前さんは三五〇〇年前の人間ではないのか?」
 木霊は自分のこと、官兵衛たちのこと、天罪ノ面のこと、すべてを話した。
「そうか。それでお前さんは木沙羅を助けた後、どうするんだい?」
「それが、どうしたらいいのか、わかりません。キアラがカムイには使命があると言っていました……」
 木霊は一呼吸おくと、
作品名:八国ノ天 作家名:櫛名 剛