八国ノ天
「相変わらず、物分りがいいわね、櫛。まずはあなた達が一番、気にしていることから話すわ」
そう言って麗は話し始める。
「伊都は間もなく、アトゥイの粛清によって滅ぼされる。でもね、ニニギは愚かにも私たちに戦いを挑もうとしているわ。彼は粛清に備え、カムイの力を手に入れようとしている。といっても、彼はカムイそのものに興味は無いわね。彼が欲しいのは創世ノ書。カムイが持つ書には人類の英知が詰まっている。そう、例えば兵器の使い方とかね」
「伊都はあいつを手に入れようとしていると言うのか? そのために太陽ノ鍵を持つ木沙羅をさらった……?」木霊は壊れた鉄蜘蛛を指して言った。
「その通りよ。それにも関わらず、私たちは伊都に手を貸した。これがどういう事かわかるかしら?」
「なるほどな。お前たちの目的がようやく見えてきた」官兵衛は言った。
「地上の人間がオーバーテクノロジーを手に入れれば、粛清は即座に行われるからな。アトゥイの政治家どもが黙って見過ごすはずがない。お前らにとって、粛清とは地上の文明が発展していくのを防ぐためのものだったはず。だが、今回はアトゥイ自ら発展を促している。粛清を実行するためにな。お前たちの目的は粛清そのもので無く、八国の地を手に入れるつもりだろう?」
「さすがは地のカムイね」麗は誇らしげに笑った。
「人類滅亡という同じ過ちを犯さないためにも、アトゥイは二三〇〇年代の文明レベルを保ち続けているわ。当時、文明の栄華を極めた日本を世界から隔離して三五〇〇年、アトゥイは全世界の歴史をコントロールしてきた。だけど、何事にも限界がある。その結果、世界各国の文明レベルに格差が生じたわ。この国と同じレベルの国もあれば、西暦一〇〇〇年頃の地域もある。北海道のように二〇〇〇年頃の国や地域もある。そして、アトゥイにも様々な思想を唱える者が現れたわ。アトゥイ自体を発展させようとする者。アトゥイを捨て地上の人間と共存しようとする者。そういった思想は政治の世界にも普及し、様々な派閥に別れていった。あとは昔から良くある話よ……派閥争いね」
「つまりは、俺たち地上の人間は、神さま気取りの連中の派閥争いのもと、殺されようとしているわけか」
「何とでも言うがいいわ。私見を挟むつもりは無い。アトゥイの人間として使命を果すのみ」
「俺にはお前が、使命だけで動いているようには見えないがな」
櫛が官兵衛を見る。
「あなたは、今の櫛しか知らないものね。気になる? この体だった頃の櫛が?」
「麗。お前と櫛の間に、何があったのか俺は知らない。だが、俺にはお前が欲に溺れているのがわかる。お前は自らの欲でその体を手に入れた。それでも満足できずにいる」
「だから何だと言うの?」
「お前が欲しいのは櫛の苦しむ姿だろう? 嫉妬だ」
麗は微笑んだ。しかし、目は静かな怒りを宿していた。
「話は終わりよ」
麗は踵を返し、
「今日、戦ってわかったわ。粛清を邪魔するつもりなら、私たちは全力であなたたちを排除する」
黒耀丸が岸壁から離れていく。
綾羅木国、村久野国の兵があわただしく動いている中、官兵衛は皆を呼び集めた。
皆、顔や服に血を浴びていた。
キアラの後を追いたい所だが、粛清に備える必要もある。一行は西蔵の計らいもあって、西蔵の屋敷に向かうことにした。
風に乗って来たのだろうか。どこからともなく、紫色の花びらが降ってきていた。
木霊は花びらの一枚を手に取る。
(これは都忘れの花……)
紫色の花は戦場の傷を癒すように、無数に広がる屍の上に舞い降りていた。
次の日の明け方。
朝もやの中、木霊はただ一人、馬に跨ると西蔵の屋敷を飛び出した。
官兵衛と櫛は屋敷からその様子を静かに見つめていた。
「やっぱり行ってしまったわね」
「木沙羅に対するあいつの想いは、誰よりも深い。馬鹿みたいにまっすぐなやつだよ。女にしておくのが勿体無いくらいだ」
「私は好きよ。まるであなたを見ているみたい」
官兵衛は顔を反らし、「まあな、似ているかもしれないな」と少し声を大きくして言う。
櫛は優しく微笑んだ。
「とにかく、木沙羅とキアラのことは木霊にまかせて、俺たちは次の戦いに備えよう」
「そうね」櫛は少しだけ不満そうな目で遠くを見た。
「粛清は八国全土に渡るだろうが、やつらの思い通りにはさせない」
「どうするの?」
「粛清までの時間もわずかだ。木沙羅しだいだが、二〇日以内に始まると考えた方が良いだろうな。更に伊都があれだけの騒ぎを起こしたんだ。綾羅木と村久野がこのまま黙っているはずが無い。今頃、戦の準備をしているはずだ」
「事態は最悪な方に向かっているわね」
「八国のほとんどが伊都の支配下にあるとはいえ、今も各地で反乱が起きている。綾羅木と村久野が各地に潜んでいる有力者に声をかければ、彼らは応えてくれるだろう。それを利用しようと思う。詳しいことはまた、十夜と十真がいる時に話そう」
「わかったわ」
「あのな、櫛……」
櫛は官兵衛を見た。
「あの女の言ったことは気にするな。櫛は今のままでいい」
櫛は官兵衛の腕に自分の腕を絡めて、「ん」と言って顔を寄せると、もう一言、満足そうに付け加える。
「わかった」