八国ノ天
「今のはロケットランチャーだ。ヤツから離れると、今の攻撃を受けてしまう」
木霊はキアラに走り寄って、
「何か倒す方法は無いのか?」
「あの鋼鉄の体は、通常の武器では壊せない。壊せるとしたら、天ノ羽衣か太陽ノ雫が必要だ」
「天ノ羽衣なら、この手の中だ」
「あいつ! 今度は官兵衛と櫛を狙ってるよ」
と、十真。
機関銃が炎を吹く。
ゴズはこの瞬間を見逃さなかった。
「わしはこの隙に狗奴に向かう」
「わかりました」鞍丸が返事する。
「鞍丸、あの女商人には気をつけろ。わしらは判断を誤ったかもしれん。あの鉄蜘蛛とやら、わしらの想像を遥かに超えている。あの黒耀丸といい、あれを使いこなすほどの力、武器商人のはずが無かろう」
「……、ご心配めされるな。我らは使命を果すまでではありませんか」
「そうだな……。皆の者、必ずまた祖国で会おうぞ」
木沙羅はゴズの体がわずかに震えているのを感じた。兵が通り道を空けると、ゴズが走り出す。木沙羅は助けを呼ぶことを忘れていた。兵はゴズの背中に祖国を見ていたようだった。その見つめる目が木沙羅の心を奪っていた。
この人たちは死を覚悟している……。
「ヤツらを長く引きつけるのが我らの役目。行きますぞ」
鞍丸は槍を握り締めると、兵とともに官兵衛の部隊へ突撃して行った。
「キアラ! あれを!」十真が指差した先に、ゴズの姿があった。
「くそっ! こんな時に……木沙羅」
「行け、キアラ。こいつは私しか倒せないんだろ?」
「木霊……すまない」
木霊の唇が微笑む。キアラも微笑むと、
「いいか木霊。天ノ羽衣でも今のままだと鉄蜘蛛は斬れない。刃に力を注ぐように念じるんだ。そうすれば、炎をまとう。それが天ノ羽衣の真の姿だ」
「わかった。やってみる」
「十真。君はあの光を消すんだ。あれなら十真の武器でも壊せる。鉄蜘蛛は仲間を撃ち殺さないよう目で直接、確認している。やつの目から光を奪うんだ」
「うん、わかったよ。キアラ、これを――」そう言って、十真は小袋をキアラに手渡す。
「これは?」
「その中に入っている目印を道に撒いていけば、キアラの後を追えるでしょ?」
「すごいな、十真。ありがとう」
十真はキアラをちらっと見て、「うん」と小さく頷いてから前を向く――頬をほのかに染めながら走る……。
キアラは向きを変え二人から離れると、ゴズの後を追った。
10
官兵衛と櫛は、鞍丸と剣を交えていた。
黒装束の者たちを前に、綾羅木と村久野の兵は徐々に押し倒されていた。
「櫛! 官兵衛!」
十夜が空から舞い降りてくる。
「十夜か。無事だったんだな」
「当たり前じゃない。こっちの様子はどうなの? 橋の上は凄かったようだけど」
「良くないわね」片手に杖を持って櫛が、状況を十夜に話す。
「とにかく、あの鉄蜘蛛に撃ち込まれなければいいわけね」
「私の力も、こう動き回りながらだと使えないわ」櫛は言った。
「だが、鞍丸と交戦しているおかげで、ヤツもこちらに手を出せないようだ」
「私はいつになったら、走り終えることが出来るのかしら」十夜が嘆く。
「木霊たちが鉄蜘蛛を倒すまでの辛抱だ」
鉄蜘蛛のサーチライトが木霊の動きを捉える。
「十真。私が囮になるから、その間に十真は空からあいつの背中に乗るんだ」
十真は頷いた。
木霊は鉄蜘蛛の方へ体を向けると、一直線に走りだす。
巨大な八本の脚に支えられた鉄蜘蛛の体は体長一〇メートル、高さ四メートルはありそうだった。サーチライトの光が木霊の視界を白にする。
腹と背中に取り付けられた二つの機関銃が木霊を睨みつける。
咆哮――!
弾丸が雷雨となって木霊に降り注ぐ。旧時代に造られたアスファルトの地面が白煙を上げて砕け散る。
木霊は着弾地点から左横に五メートル離れた場所にいた。鉄蜘蛛の背中に十真が翼を広げ降りようとしている――。
サーチライトが再び木霊を捉える。
木霊は鉄蜘蛛にさらに近づくために走った。
銃口が向けられたその時――、
サーチライトの光が消えると同時に十真の声。
「木霊!」
木霊は鉄蜘蛛の脚元に近づくと、天ノ羽衣を大きく振りかぶって意識を集中させる。
刀身から青白い光が強く輝き出す。
――もっと強く!
光の輝きが炎のようなゆらめきへと変わる。
木霊は天ノ羽衣を上から斜め下へと力いっぱい振り下ろした。
鉄蜘蛛の脚に一筋の青い閃光が走り、それを境目にして切断された下の脚が重々しく倒れる。
それに合わせるかのように鉄蜘蛛の体が、がくんと揺れる。
木霊は次々と脚を切り落とし、機関銃、胴体と次々に切り落としていく。ついに、鉄蜘蛛は身動きしなくなった。
天ノ羽衣の炎は青白いほのかな輝きに戻っていた。木霊は息を切らしていた。
「木霊、大丈夫?」
「うん。だけどなんか、精神力を使い果たした感じだ。でも――、」木霊は顔を上げる。「行こう、官兵衛たちのところへ!」
鞍丸はわずかばかりの兵とともに、官兵衛と後から到着した増援部隊に取り囲まれていた。木霊と十真の姿もそこにあった。
「一騎打ちを所望する! 十真を出せ!」意を決したように、鞍丸が叫ぶ。
十真は黙ったまま、腰に下げた弓と矢筒を取り外すと、前に出ていく。手には湾曲した刀――ククリを手にしていた。
皆が固唾を飲んで見守る中、鞍丸と十真が対峙する。
綾村大橋の方から風が吹き、岸壁に打ち寄せる波の音が大きく聞こえてくる。煤と焦げ臭い匂いが、あたりを覆う。
「三年だ……」槍を中段に構え、足を踏ん張ると鞍丸は言った。「言葉は要らぬ」
「……」十真は構えることなく静かに立っていた。
勝負は一瞬だった――。
立っていたのは十真だった。十真の足元には瞳孔の開いた鞍丸が横たわっていた。首から真っ赤な血が溢れ続けている。
鞍丸亡きあと、残った兵は皆、声を押し殺して涙を流していた。
十真はククリを鞘に収め、彼らを見た。
なぜ十真がそうしているのか、木霊にはわからなかった。
しかし――、
兵たちはそれぞれ、武器を手にすると自害し始めた。思わず木霊は目を背ける。
「木霊。目を背けてはいけない。彼らは自らの命よりも誇りを選んだ……」隣で櫛は言った。「見届けなさい。ともに戦った者としての礼儀よ」
木霊は彼らを見た。指先が震えているのが自分でも分かる――情けや罪悪感はない。ただ悲しかった。
その理由を探ろうと思った矢先、目の先に見覚えのある人の姿があった。
黒耀丸の方角――金色の髪をゆらめかせながら、歩いてくる――。
「櫛……」木霊は櫛を見た。
櫛は、黙って近づいてくるその女性を捉えていたが、
「麗……」と一言、口を開いてまた、静かに相手の出方を待った。
麗は何も持っていなかった。
麗は少し離れた所で、足を止めた。
翡翠色の瞳が木霊を見つめる。
「見違えるように美しくなったわね、天。でもそれは本当のあなたなのかしら?」
三年前のことが次々と頭の中に蘇ってくる。
「うるさい、黙れ!」
麗はくすりと笑い、
「今日は少しだけ話をしに来たわ」
「聞きましょう」櫛は言った。