八国ノ天
ムカデの脚が反応する前に十夜は、脚の関節を狙って剣を振り下ろす――脚がぼたっといくつか落ちる――振り下ろした態勢から体を翻し、背後にまわり込む――動きを止めること無く、左腕に持った盾でムカデの背中を叩き込む。もう一体が、近づいてきている。
ムカデがバランスを崩し地面にべたっと倒れる。その機を逃さず、十夜は刃を素早く何度も背中の節目に滑り込ませる。そのたびにムカデの体がバラける。
背後に迫った巨大な鎌が十夜の首と胴を狙って襲いかかる。
十夜は剣を左手に持ち替え右手を地面に付けると、体をひねりながら倒立回転する――態勢を立て直し右まわりで近づいていく。しかし、十夜は自分から攻撃することはしなかった。
(どこにいる……)
相手の攻撃をかわしながら、十夜は走り続ける。
そして――、
(いた!)
「木霊、十真! 境内そばの茂みに二人いる!」
ムカデ一体を片付けた木霊が茂みへと走る。
茂みをかき分け中に入ったが、そこに敵はいなかった。いたのは十歳ほどの女の子が二人。二人はお互いの体を寄せ合い、怯えた目で木霊を見ていた。
彼女たちの頭には、突き出た耳のような毛角があった。木霊にとって初めて目にする妖怪だ。
木霊は手を差し出し、優しく声をかけようとしたその時――、
「そいつが傀儡童子よ!」十夜が叫ぶ。
木霊は目を疑った。
「そんなはずは? どう見ても子供じゃないか」
木霊が目を離した瞬間、彼女たちが飛びかかってきた。木霊は躊躇していた。
「あ!」一人が木霊に抱きつく。もう一人が小刀で襲いかかってくる。
木霊は咄嗟に刃を避けた。すぐそばから火薬の匂いが漂ってくる。木霊は抱きついている女の子を見た。
(導火線!)
木霊は引き剥がそうとするが、信じられないほどに傀儡童子の力は強く、びくともしなかった。
木霊は懐の小刀を握った。
(ころ……す……?)手は小刀を握り締めたままだった。
「木霊! なぜ刺さない。あなた死にたいの!?」駆けてくるや否や、抱きついている傀儡童子の背中に十夜は剣を深く突き刺し、――そこから更に傷口を広げるように切り裂いていく――ぶつッと体の中で何かが切断されるたびに鮮血が十夜の顔と体を幾重にも赤黒く染めていく。傀儡童子の断末魔が耳に突き刺さる。
「十夜……何を!?」傀儡童子の腕の力が抜け、瞳孔が開いていく。
木霊から強引に傀儡童子を引き剥がすと、十夜は木霊の腕を掴み走りだす。
「伏せて!」
十夜が叫ぶと同時に、今さっきいた場所から爆発音が鳴り響く。十夜と木霊は地面に叩きつけられるように転がった。
木霊の目の前にちぎれた肉が降ってくる。
「もう一人は?」木霊は上半身を起こして、周囲を見回した。
「もう一人は片付けたよ」十真の湾曲した刃から血が滴り落ちていた。
「あれは子供じゃないのよ。ああ見えても大人。私たちが白梟と呼ばれるように、彼らはねずみと呼ばれている」十夜は立ち上がっていた。
「ごめん……」
「ためらったら死ぬわ。それに……」十夜は木霊の手を取ると、「まだ終わっていない」木霊を立ち上がらせた。
「木霊!」と、木沙羅の声。
木霊は一〇メートル先に木沙羅の姿を見た。木沙羅はさっき助けた男の子と一緒だった。
(そういえば、助けた時は気にしなかったけど、あの男の子はどうだろうか?)
月光が木沙羅と男の子を照らす。
(毛角!?)
「木沙羅、そいつから離れて!」木霊は走った。
傀儡童子はもう一人いた。そいつは木沙羅の背後にまわり込むと、木沙羅の足を払った。
五メートル。
木沙羅は、あっ、と驚くも地面にひざまづいてしまう。傀儡童子が小刀を取り出す。
二メートル。
長巻を下手に構える――傀儡童子の首に向け、振り上げる!
三人は硬直していた。
木沙羅の細い首筋に傀儡童子の冷たい刃。
傀儡童子の首筋に長巻の刀身。
傀儡童子を刺激しないよう、十夜と十真が木霊のそばまで一歩一歩、近づいていく。
あたり一面、肉塊やムカデの残骸で赤く染まっていた。焦げた肉と血生臭い匂いが混じって漂ってくる。
傀儡童子が木沙羅の後ろ髪を掴んで引っ張る。正面を見ていた木沙羅の顔が空を見上げるような格好となり、白い首があらわになる。
木沙羅は耐えるように木霊から目を離さなかった。
挑発するように、傀儡童子は尖った刃の先端を木沙羅の首にあてる。
木霊の首筋に冷や汗が滴り落ちる。
(こいつ、私を揺さぶってるんだ。ここで私が刀を引けば相手の思うつぼ。引いてはいけない)
双方、打開策が見つからないままでいると突然、正面から二本の矢が木霊の視界に飛び込んできた。横に避ける――続けて、ヒュカッと空気を斬り裂く音――木霊は天ノ羽衣でその音を受ける。受けた先には細身の刀とフェイスペイントが施された女の顔があった。
木霊は刀を押しやると、女は後ろへ跳び退く。女は黒装束を身にまとっていた。女の後ろには同じ格好をした者が十名ほどいた。
「よくやった」
木沙羅の腕を乱暴に掴みながら、ひときわ身体の大きい男が言った。
「あなたは伊都の! ゴズ!?」木沙羅は目を見開いて驚きの声を上げる。
「木沙羅姫、大きくなられましたな。と言いたいところですが、我らには時間がありません。答えていただこう。鍵は持っておられるか?」
木沙羅は黙って睨みつけ、必死に抵抗する。すると、黒装束の女が木沙羅に近づいて、木沙羅の服の中をまさぐる。
ゴズの前に黒装束の集団が立ちはだかり、木霊、十夜、十真は動けないでいた。
女は木沙羅の懐から小刀と長細い袋を取り出す。
「袋を確認しろ」
ゴズの指示に従い、女は鍵を取り出しゴズに手渡すと、木沙羅の両腕を縛る。
「木沙羅を放せ!」木霊は叫んだ。
「面白い冗談だ。姫は我らの大切なお客さま。お前たちとはここでお別れだ」
十夜が静かに刀で合図を送る。木霊と十真は目で確認する。
木霊が天ノ羽衣を横からなぎ払うかのように、振りかぶる。
相手までの距離は遠く、届くものではない。しかし、木霊は更に大きく振りかぶり力を溜める。刀身が青白く輝く。
「何のつもりだ? きさま」黒装束の男が木霊を睨みつける。
刹那――。
睨みつけた先に、木霊の姿はなかった。
木霊は目の前にいた。
男たちは皆、目の前で腰をかがめている褐色肌の少女を捉えるのに精一杯だった――思考が追いつかない。木霊が柄をぎゅっと握り締める。
そして――、
木霊は叫び、思いっきりなぎ払った。男たちの胴体に青白い光が残る。
上半身が四つずれ落ちていく、木霊は顔から足、金色の髪まで血に染まっていった。
驚いたのはゴズだけではない。木沙羅も固まっていた。
「わしの精鋭が四人も……。こやつ、まさか……カムイか?」
「木霊がカムイ?」
機を逃さず、十夜と十真が残りの者たちに飛びかかっていく。
「怪しげな術を……退くぞ!」ゴズは身体を反転させると走りだす。「わしらの目的を忘れるな!」黒装束の者二名がゴズの後を追う。
「木沙羅!」木霊がゴズを追う。
残りの敵の前に十夜が立ちはだかり、「十真、ここは私が止める」
「うん、わかった!」十真は翼を広げ、近くの屋根へ飛んで行く。