小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

八国ノ天

INDEX|47ページ/65ページ|

次のページ前のページ
 

「そうね、色々なデザインがあるわね。なかにはこう、大胆に胸のこのあたりまで開けた服とか、太もものこのあたりまでしかない短いスカートやズボンとかもあるわよ」
 官兵衛を除いて、十真たち女性陣はよくこの時代のファッションについて話したりもしていた。スカートという言葉は聞いたことがあったので、スカートがどのようなものかは知っている。
 しかし――、
「ええっ? そこまで出しちゃうの? スカートって今、私たちが穿いているようなやつじゃないの?」十真が足元でヒラヒラしている厚手の布を揺らす。
「胸も?」十夜がほんのり顔を赤らめて自分の胸元を見る。
 口元までしか見えないが、木霊も頬を赤らめているようだった。
「恥ずかしく……ないのかな?」十真は言った。
「三五〇〇年前は着ている子たち多かったわね。身体のラインを見せることも魅力のうちの一つね」
「じゃあ、櫛も着たりしていたの?」十夜が訊く。
「着ていたわよ」
「……」
「あら、着てみると可愛いのよ。動きやすいしね。でも、この時代の風習や習慣では難しいかもしれないわね。だからなのかしら。さっき、買ったお店にはそういう服は無かったわね。あったらみんなに買ってあげたのに」
「あはは、いいよぉ……」十真は遠慮しがちに手を振った。
「でもなぜ櫛は、今まで木霊のような服を作らなかったのかしら?」十夜は訊いた。
「私はその辺に関しては官兵衛と同じ考えね。時代に合わせていきたいと思っているから……それに旅している身だと難しいわね。素材とか色々と揃えないといけないし」
「そうなんだ」
「でも、こうして木霊やまわりの人たちを見ていて思ったけど、暮らしがより良くなるんだったら、新しい文化を取り込むのも良いかもしれないわね」
「そうだな」官兵衛は言った。
「しかし、木霊もこうして見ると大人になったな。その服、似合ってるぞ」
「ほんと、背も櫛と同じくらいだし。すごく伸びたよね」
 官兵衛と十真の言葉に木霊は黙って頷いた。先ほどから木霊は喋ろうとはしない。
 木霊は公の場ではなるべく目立たないように振る舞っていた。
 世間一般からすれば、仮面をつけた木霊は罪人以外の何者でもなかった。しかも、つけている仮面が天罪ノ面となれば、なおさらである。
 ひとたび天罪ノ面を目にした者は木霊を呪われた者として恐れ、忌み嫌うだろう。
 今日のようなめでたい、国あげての祭典の場で、正体がばれるような事があれば、追い出されるだけでは済まされない。
 実際、今までもそういったことが何度もあった。石を投げつけられたり、宿から追い出されたこともあった。殺されそうになったりもした。木霊はそれらに対して抵抗することはなかった。だからその度に、皆で木霊をかばった。官兵衛の身体には、その時の傷がいくつも残っている。
 海に浮かぶ島のように間隔を置いていくつもの風車が、店頭や橋の手すりに沿って飾られていた。雑踏にまぎれて風鈴と風車の音が聞こえてくる。

 村久野国の方へ更に進んでいくと、花屋が見えてきた。その先では、なにやら和太鼓の準備をしている人の姿が見える。
 花屋を横切ろうとした時、十真は立ち止まった。
「あ、"釣浮草"の花だよ。ちょっと見ていいかな?」
 水が入った底の浅い平らな陶製の器に、色彩豊かに色々な形をした釣浮草の花が浮かんでいる。
「ほんと珍しいね。ほら、これなんか小さくて可愛い」
 十真と十夜が話している隣で木霊も腰をかがめて、
「耳飾りみたい」小さな声で嬉しそうに言った。ここに来て初めて口にした言葉だった。
「その花はね、フクシアとも言うんだよ。花言葉は信頼だね」十真が得意そうに話す。
「お嬢さんたち。可愛いから気に入ったのあげるよ」少しだけ腹の出た恰幅の良い感じの店主が、釣浮草を指差しながら微笑んでいた。
 店主はたくさんあるから耳飾りにするなら二つずつ持っていきな、と言った。
 実際、耳飾りにはできないが、十真たちはお礼を述べると、三人は二つずつ手に取っていった。
 木霊はすくっと立ち上がり、店主に向かって、櫛を指差してから店主に向き直る。
「ん? お嬢さん、どうしたんだい?」
 木霊は黙って、二本指を見せる。店主は木霊と少し離れた櫛の顔を見比べ、
「ああ、そうかそうか。あの綺麗なお姉さんにあげるんだね。もちろん、いいよ!」

 木霊は店頭に並んでいる、秋桜に似た紫や深い青色をした花を見ていた。
「それは"都忘れ"ね。花言葉は……」
 十夜が人差し指を立てて言おうとした時、
「悲哀とか、別れ、だね」十真が言う。
 行き場を無くしてしまった人差し指で十真の頬を不満げにつつきながら、
「花言葉は悲しいけど、見てると癒されるよね」
「うん」

 花を堪能してから官兵衛たちは、茶屋の前の縁台に腰掛けていた。まわりは若い女性客や子連れの親子で賑わっていた。
「うーん、甘い匂い」十夜が興味深々に言う。
「茶屋らしからぬ、匂いだな」官兵衛は少し居心地悪そうに言った。
「そうね。でも、みんなこれがお目当てのようね」櫛はまわりを見渡した。
 やがて、女性陣の手元にお菓子と少し大きめの湯のみが置かれていく。
「櫛、これどうやって食べるの? なんか見てると、みんな食べ方が違うようなんだけど……」
 十真が見慣れない食器を手にしながら訊く。
「それはフォークね」櫛は食べ方を説明する。女の子たちは見よう見まねで、ほんの少し口に入れてみる。
「美味しい」頬に手をあてながら十夜は言った。翼の羽が逆立つ――十真の羽も。
「お前たち、うまく食べれるのか? 行儀よくな」
「大丈夫だよ。それより、なんで官兵衛は頼まないの?」十真はフォークを唇にあてながら言った。
「ふふん、やっぱり茶屋といえば団子に緑茶だろ。それ明らかに洋菓子だよな」
「む、……美味しければいいの」
「わかってねぇな。見ろ、この緑茶のうまいこと。これだよこれ。それに団子の方がうまいよな。なあ、木霊」
 隣で豪快に笑っている官兵衛に対して木霊はそんなことはないって感じで首を横に振ると、おもむろにアップルパイを丸ごと官兵衛の口に突っ込む。フォークと一緒に。
「これは……アッ……んぐ、プルパイじゃねえか。シナモンまで振ってある」
「んぐぷるぱい?」
「難しい名前のお菓子ね」十真と十夜は小難しい顔をしていた。木霊が手をあげて店の人を呼んでいる。
「アップルパイ、ね」櫛が訂正する。
「そっか、アップルパイと言うんだね」十真は頷いた。
 店の人の前で木霊は、官兵衛の口に刺さっているフォーク+アップルパイを指差し、黙ってそれをもう一つ、と人差し指を立てる。
「このお茶も初めて……ちょっと苦味があって美味しい」十夜はお茶を飲んだ。白い翼がしぼむように垂れさがる。
「紅茶ね。少しお砂糖が入ってるわね。さすがにティーカップは無いようね」
「ここまでくると、こんな事できるやつは一人しかいないな」官兵衛がフォークを揺らしながら指摘する。
「月のカムイ、キアラかもしれないわね」
「しかし、周辺にカムイの気配は感じられないな。まあ、ここに来た目的は木沙羅王女とキアラだ。俺と櫛はこのまま周辺を探すからお前たちは赤間竜宮に行くといい」
 十夜、十真、木霊は頷いた。
作品名:八国ノ天 作家名:櫛名 剛