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八国ノ天

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「ならん」テナイは言った。「月森、人の手に負えない力は自ら滅びを招く。同じ過ちを犯さないためにも、自然の摂理に従い生きて行くべきなのだ。この月の社と光明ノ書は、触れてはいけないものだったのだ。それを……お前たちは、同じ過ちを犯そうとしているのが、わからないのか」
「テナイ、お前こそわかっていない。人は戦いながら前へ進むものだ。過ちかどうかは神が決めるのでなく、各々の信念のもと人が選択するのだ」
 月森は剣を鞘から抜き取る。
「そして、これがヒムカ王の信念だ!」
 月森は倒れているテナイの背中に剣を突き刺した。
 テナイの顔が苦痛に歪む。テナイの叫びは血へどにかき消された。
「テナイ!」
 キアラはテナイを抱きかかえた。
「私は、もう持ちませぬ。カムイ様。私の刀を……もともとはあなた様のです」
「何もしゃべるな! 今、助けてやるぞ」
 血に染まったテナイの手がキアラの腕を掴む。
「私は知っています。永遠の命はカムイ様しか持つ事ができない力であると。私どものような人間には効果がないということを」
 テナイの言うとおりだ。正確には永遠の命というのは存在しない。
 カプセルの中で得た知識によれば、カムイの変異細胞を埋め込まれた者は、社と書が存在する限り、死に至りさえしなければ肉体を再生できる。
「カムイ様……英知を失った人間は、はじめから同じ過ちを……繰り返さないといけないのでしょうか……私にはそれがとてもくや……しい……」テナイの手がずり落ちる。キアラの腕に命が消えていく感触が伝わる。
 キアラはテナイの瞼を閉じ、腰にささっている刀を手に取ると立ち上がった。
 刀を構え、周囲を確認する。
「月森、お前は……許さん!」
 キアラは月森に向かって斬りかかった。目の前に護衛が立ち塞がり、剣で受け止める。キアラは間合いを取り直しもう一度、月森へと斬り込む。これも受け止められた。
 キアラは眠っている間、様々な戦闘技術、経験を植え付けられていた。その戦い方は経験豊富な武人そのものだったが、相手もかなりの熟練者だった。しかも相手は五人。その後ろには、ヒルコと稲馬、護衛が一〇名ほど立っていた。しかし、なぜかヒルコは戦いに加勢せず静観している。
 キアラには実戦経験が無かった。そして、先ほどのテナイの無残な姿、血、鉄のようなにおい、苦悶に満ちた表情、叫び、命が消えていく感触……。
 キアラはテナイの姿を自分に重ねていた。立ち止っていると心も体も恐怖に包みこまれそうだった。震えを抑えようと必死に斬りかかった。
 相手が攻撃を受け止めるたびに、あせりが大きくなる。
 ――攻撃が利かない?
 あせりは隙を生む。護衛が徐々に詰め寄る。
 ――ここで終わるのか? 箱の中で何を習っていた。あきらめるな。
 ――そうだ。そういえば、さっきのあの感覚……あれは何だったんだ?
 護衛の一人が斬りかかってきた。
 キアラは後ろに下がり受け流そうとしたが間に合わなかった。剣の切っ先がキアラの右腕を斬り刻む。
 キアラは右腕をかばい後へ下がる。
 壁にぶつかり、床に血が滴り落ちる。
 右腕の脈打つ鼓動と壁の冷たさが、絶望を強く感じさせる。
 三人が一斉に斬りかかろうとしていた。
 右腕の感覚が無くなっていく。
 喉が渇く。
 視野が狭くなり、頭の中で心臓の鼓動がこだまする。
 感覚だ。思い出せ――変異細胞――眠りにつく前、研究者である両親に組み込まれた世界を狂わせた技術。
 三本の刃がキアラを襲う。

 感覚――変異細胞――能力

 そう、能力だ!

 腰と脚に力を入れる。
 次の瞬間、キアラは上空から見下ろしていた。斬りかかった三人の後頭部と背中が見えた。空を飛んでいる感覚だった。
 感覚はすぐに消え、三人の二メートル背後に着地した。
「な、飛んだ」それは月森の声だった。月森はすぐに我に返り、キアラを取り囲んだ。キアラの目の前には月森と護衛二人、背後に三人立っていた。互いに次の攻撃をうかがいつつ、一歩一歩、ゆっくりと足を動かしていく。
 ――もう一度!
 キアラは念じた。だが、今度は何も感じなかった――なぜ思い通りにならない!
 目の前の一人が斬りかかってきた。キアラは左腕に力を入れ、剣をはじき返し刀を振り下ろす。
 キアラの手に相手の肉と骨を斬る感触が伝わってきた。キアラは生まれて初めて人を斬った感覚に一瞬、身ぶるいした。
 しかし、その震えは一筋の冷たい感触にかき消された。
 背後の護衛がキアラの背中を襲ったのだ。キアラはひざまずいた。間髪入れず、護衛はとどめを刺そうと襲いかかる。

 それは死ぬと感じたと同時に、「死にたくない」と強く思った瞬間だった。

 先ほどとは異なる感覚が突然、キアラの全身を満たした。
 キアラはひざまずいたまま、襲いかかってくる背後の護衛へ身体を向けた。敵意に満ちた護衛と目を合わせる――護衛の動きが止まり瞳孔が開く。護衛はそのまま、意味不明な言葉を発しながら、ふらふらと歩いて少し離れたところで床に倒れ込み、のたうちまわり始めた。
「お前、何をした?」他の護衛がキアラを見た。「お前のその目のい……ろぁぐぅえぼぉ……」
 護衛二人はキアラの目を見た瞬間、あきらかに発狂したようだった。
 キアラは月森の方へ身体を向けた。
「目を合わせるな!」月森はそう言うと、キアラと目を合わせないよう対峙した。
 その時だった。
「月森殿、加勢いたそう」それは、今まで静観していたヒルコだった。続けて、数名の兵士が吹き矢をキアラに向けて放った。
 数本の矢がキアラに突き刺さった。すぐさまキアラは強烈な目眩に襲われ、床に倒れ込んだ。意識が朦朧とし始め、目の前がスローモーションのように映る。視界には誰も映っていなかった。感じるのは、心臓の鼓動と呼吸だけ。
(俺はどうなる? 背中が熱い……このまま、死ぬのか……)
 全身の力が抜け、今にも気を失いそうな頭の中に、争う声が響いてきた。
「ヒルコ! 貴様何のつもりだ!」
「最初から、こうするつもりだったのだ!」

 剣と剣のぶつかる音が徐々に近づいてくるが、キアラは目を向ける事ができなかった。

 音が止む。
 静寂。
 空気が張り詰める。

 瞬間、どさっという音とともに、キアラの目の前に月森の顔が飛び込んできた。
 目と目が合い、少し遅れて、床に沿って流れてくる赤い液体が視界に入ってくる。
 もう一度、キアラは相手の双眸を見て理解した――瞳孔が開いていた。
(月森! ……なぜ?)
 月森の顔の前に、いくつもの桜石が転がってきた。まるで桜の花が舞っているようだった。
(俺……は……まだ……)
 キアラは左腕に力を込め花弁を一つ掴むと強く握り締め、そのまま気を失った。

「二人の王は丁重に葬ってやれ。光明ノ書と鍵を忘れるな! カムイを連れて行け!」
 兵たちがあわただしく動きだす中、刀を鞘に収めたヒルコは稲馬に声をかけた。
 稲馬は一歩も動かなかった。と、いうよりも動けずにいたというのが正しいだろう。稲馬は困惑した表情を隠しきれないでいた。ヒルコは稲馬を促し一緒に社の外へ出て行った。

 外は粉塵にまみれ、遠くで煙が曇り空に向かって、いくつも立ち上っている。
作品名:八国ノ天 作家名:櫛名 剛