八国ノ天
「一見、苔や土に覆われているけども、天井も壁も所々、そのような表面が露出しているわ」
「それでは、ここは何かを目的とした『施設』と呼ばれる場所――」
「おそらくね。あと覚えてない? ナオが言ってたこと」
「カムイ『天』……」
「そう。あなたと同じ天と名乗るカムイ」
「ここにカムイがいるのですか? 月のカムイと同じように」
「それは、まだわからないわ」
「私にはとてもそうは思えません。カムイが生贄を要求するなんて」
「そうね。でも、何かがあるのは間違いないわ。官兵衛に止められていたけど、丁度いい機会だから話しておくわ」
十夜は一呼吸おいて、
「私たちが旅している目的の一つはね、木霊。ここが本当に遺跡で、この時代の人間に害を及ぼしているのなら、それを排除すること」
「呪いとか儀式とかいった話のそばには、旧時代の遺物が悪さしている可能性が大きいんだよ」
十真が補足する。
唐突な話だった。木霊は返す言葉に窮していた。それを見透かしたように、十夜が口を開く。
「無理ないわ。神を敬い、自然を崇拝し、伝説を信じて今を生きる私たちにとって、受け入れがたい話だもの」
「そう、ですね。私にはとても考えが及びません。以前、十真さん言っていましたよね。日本と呼ばれていた時代、世界にはたくさんの国があった。だけど、私たちは日本からは外に出られないって。それも神様の力でなく、私たち人の力で為されたというのですか? 粛清も」
十夜の目つきが変わる。
「木霊、あなたは"それ"を見たことがあるの? 神なんてこの世に存在しないわよ。カムイによる粛清もそう。カムイも人と変わりないわ。それとも……」
一呼吸おいて、十夜は確かめるように言った。
「あなたは神なの? カムイ天」
「十夜、ちょっと言い過ぎだよ」
「黙ってて、どうなの?」
いつもの優しさは消えていた。そこにあったのは、行き場のない怒りのようだった。
「私はそんなつもりじゃ――」
その時、十真は背後に気配を感じ、後ろを振り返った。
「ナオ……?」
赤い装束の雛巫女、ナオが上半身を起こしていた。すぐそばにヨミが倒れている。
十真は素早くヨミを抱き上げ、手で顔を拭ってやる。
「二人とも。今はそんなことしてる場合じゃないでしょ」
ナオは動き出した。目は塞がれ耳も聞こえず、神主に飲まされた珠の力によって、ナオは人であることを失っていた。そのナオが片脚を引きずりながら、屍人が去っていた方へと歩きはじめていた。
「私たちに気づいていないのか、気にしていないのか。私たちも動こう」
十真が歩き出す。
続いて十夜が木霊から一旦、目を離し横目で、
「もし、神が本当にいるのなら私は神を許さないわ」
「十夜さん……」
十真と木霊は、十夜の後ろを歩いていた。
今は木霊がヨミを後ろにおんぶし、十真が松明を持っていた。
「木霊。十夜が言ったこと、気にしないで」
「……はい。でも、なぜあんなに怒って」
「それは木霊に対してじゃないよ」
木霊は頷いた。
「それはわかっています。だけど、神を許さないって……」
「……うん……。あのね木霊」
「はい」
「私たちにはね、お姉さんがいたんだよ」
「え?」
「初めて話すよね。木霊の持っている笛、あれはね。私たちのお姉さん『十季』のなんだよ」
「それじゃあ……」
「うん。もうこの世にいないんだ」
十真は立ち止まった。木霊も立ち止まり、十真を見た。
茶色の瞳に、その時の情景が映っているようだった。
「私たちの目の前でね……神に殺されたんだよ」
しばらく進んでいくと、目の前を歩いていた雛巫女が遂に立ち止まる。
十真が最初に口を開いた。
「ここは?」
「薄暗いけど、行き止まりのようね。その巨大な穴を除いて、ね」
十夜が言った巨大な穴は、端から端までおよそ一〇メートル。うっすらと揺らぐ明かりの中でぽっかりと大きな口を開けていた。風が通じているのだろうか、明かりの届かない奥底から唸り声のようなものが聞こえてくる。
これが冥界への入り口だろうか。もしかして、あの雛巫女たちはこの穴の中へと消えた――。
ナオはその巨大な穴から少し離れた所で、立ち止まっていた。それ以上、前へ進む気配はない。
十真は松明を壁際にあった岩と岩の間にはさみ固定させると、周囲を確認し始めていた。
木霊もナオから目を離さないようにして松明の近くに、ヨミを降ろす。
すると、ヨミが目を覚まし、
「うっ、うう……」
「ヨミ」
「――! ここは? お姉ちゃんは!?」
ヨミは上半身を起こし、すぐに姉の姿を探す。
見つけるやいなや、
「お姉ちゃん! 起きたの?」
駆け出す。
「待って、ヨミ!」
「放して!」
木霊を振り切り、ナオに駆け寄る。
十夜、十真、木霊の三人は刺激しないようナオとヨミに、ゆっくりと近づきながら成り行きを見守っていた。
目の前で巨大な口が今にも二人を呑み込まんとしている。
「ここまで来てまさか、飛び降りたりしないよね」
十真は冷や汗をにじませ、二人を見守っていた。いつでも、飛び出す準備はできている。
ナオの背中に隠れ、木霊の立っている場所からヨミの姿は見えない。
「お姉ちゃん! 私だよ。わかる?」
うっすらと照らし出された明かりの中で、ヨミがナオの衿を握り締めながら必死に声を掛けていた。しかし、ナオはただ呆然と立ちつくすのみ。
そのナオがぴくりと一瞬、肩を揺らす。
三人は身構えた。
どこから現れたのか、鉈を振り上げた雛巫女がナオに斬撃を加えようとしていた。口を大きく湾曲させ狂気の笑みを浮かべていた。
「屍人!?」
三人が一斉に飛びかかる。十夜はナオの袴を掴むと、それを力まかせに引っぱる。
「あっ!」
次の瞬間、ナオとヨミは十夜の後ろへ倒れこんでいた。
十夜の動きは素早く、すでに一体目に最初の斬撃を加え、更に左手に装備している盾で相手のこめかみに撃ち込み、そのまま地面へ叩きつける。二体目が十夜の腰を狙って鉈を真横から薙ぎ払ってくる。しかし、その錆びれた刃は十夜でなく空を切っていた。十夜は足を天井に向け翼を広げながら宙を舞っていた。銀色の髪が屍人の顔に降りかかり、眼球の無い瞳が十夜を見つめる。十夜はにやりと笑い、「何を見ているのかしら?」瞬間、稲妻のような剣筋が屍人の顔面中央に走っていた。十夜は素早く身体を足から着地させると、その反動を利用し回転蹴りを屍人の胸元に激しく撃ち込む。二体目は頭から血しぶきを散らしながら、巨大な穴へと落ちていった。
十真と木霊も一体ずつ片付けていた。
「やったわね」
十夜が二人の顔を見る。
「うん。ちょうど、襲われたので言えなかったけど、さっき、何か部屋の入り口らしい仕掛けのようなものを見つけたんだよね」
そう言って十真は壁際へと歩き、自分の胸あたりの高さの所で、壁にこびり付いている土と苔をククリで削ぎ落としていく。
「あった! これで、ここが坑道では無いことは確実だね」
十真が暗闇の中で何かを操作する。すると、十真のすぐそばで壁の一部が摩擦音を発しながら動き、壁に四角い穴が開いた。十真が言ったとおり、それは人が通るための出入り口のようだった。